幕末恋風記[番外]
□辰巳(仮)
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雑踏をふらりと歩く影を捕らえ、路地裏へと引きずり込む。
だが、相手は暴れるでもなくただ息を吐いた。
「なんでてめぇがこんなとこにいやがる」
「あー……なんだっけ、今は、辰巳?だっけ」
疲れたように言い、次の瞬間には俺の目の前で正体不明の胡散臭い笑顔を浮かべる。
「声かけるなら普通にしてくんないかな」
「俺が聞いてんだ。
国に帰ったんじゃなかったのかよ」
小さく小首をかしげる様子は女のようだが、男姿であるという以上にその腕前は見て取れた。
庵とどちらが上だろうか。
「何年前の話よ」
「………」
「過去は、いいじゃない。
それより、飲まない?」
俺の放つ殺気を知りながら、平気で背中を向ける。
だが、けっしてそれが無防備でないことはわかる。
「おごるよ」
「……マジか」
「大マジ。
再会のお祝いに飲み比べとかどうよ?」
「のったっ!」
くつくつと笑い、彼女が振り返る。
一瞬だけ、その目尻が光る。
「ほんと、変わらない」
彼女と最後にあったのは何時だっただろう。
そのときと比べれば何もかもが違うはずだが、彼女は心底嬉しそうにつぶやいた。
「ホントに、変わらない」
深く深く呟き、歩き出す姿に並んだときには、もう笑顔を張り付かせていて。
酔わせてでも、その本音を吐き出させてやると決意した。