若葉の候
□義父と出会う
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徳川幕府にはその創始より祈りの巫女があった。
古くは邪馬台国のころから存在していたという神卸しの巫女がその源流とされている。
巫女は祈りによって家康公の望みを願い続けてきたといい、亡くなってからも家康公を奉る日光東照宮でその役目を代々続けてきた。
祈りは願い。
平和を願う巫女の正常な祈りは、徳川幕府へ長い治世をもたらした。
ここにもう一つの歴史がある。
表舞台では決して語られることはないが、家康公には一人の白拍子が仕えていた。
彼女もまた古くから神通力を身につけ、その舞で龍神を操ることもできれば、霊魂を導くこともできた一族が一人だった。
彼女は徳川の御代となる以前から彼に仕え、家康公に降りかかる全ての厄災を避ける役目を負っていたが、彼が亡くなってからは姿を隠したと伝えられている。
徳川幕府はその白拍子の功を讃えると共に永く幕府を守り続けるためと、国中の巫女の中から特に舞に優れた者を選び、影の巫女としての役目を与えた。
物心が付いたときにはもう私にはその役目があった。
母上が幕府の影の巫女というのをやっていたというのが理由としては大きい。
巫女の力は女へと受け継がれやすく、そしてまた、私の神通力というのが見る人が見れば相当の容量があるらしいというのも主な理由だ。
舞の稽古は嫌いではなかったけど、そう好きというわけでもなかった。
役目としての必須条件だったからやっていただけだ。
教えてくれていた母上はもうそばにいなくて、教わったことだけをただ繰り返すだけの毎日。
稽古の間は誰にも見せてはならず、ただ秘して伝えられるこれを一人で続けるにはもう心を閉じる以外の方法を保たなかった。
「葉桜様」
使いの者が来て、駕籠で知らない場所まで運ばれて、指定された場所で舞って。
そうして、世に出てきてしまいそうな邪なものを鎮めるのが私の役目だ。
本当なら昇華させることもできるのだろうけれど、未完成の私の舞ではそうするだけで精一杯だった。
いつものように駕籠に揺られて、遠くへと運ばれる。
どこを曲がったとか、どこの道が急だったとか。
篭屋さんはいつも元気だなーなんて考えることも出来ないぐらい、私はもう限界だった。
人としても、巫女としても中途半端。
何も、できない。
落ち込んで、自分の膝を抱えて、目をつむる。
その時だけが休息。
(死んでしまいたい)
もとよりこの世界がどうなっても、この時代がどうなっても関心はなかった。
徳川家のためといわれても忠義の心のない私には無意味で。
偉い人が自分を役目から降ろしてくれるのなら、大歓迎したいくらいだ。
処刑でも何でもされてもいい。
そう思っても言葉には出来なくて、表情一つ作れない私はただの人形のように見られるだけだった。
(消えてしまいたい)
がたん、と駕籠が乱暴に落ちて思考が中断される。
「乱暴はしないでくださいよ、大切な姫様ですから」
駕籠の外から聞こえてくるのは楽しそうな付き人の声だ。
ということは彼が裏切ったということでない限り、安全であるのは確かだから、心配することはないだろう。
「あいつの娘、ねぇ。
の割には供はオメーだけか」
ばさりと、駕籠を開けられる。
そこには見たこともない大きな人がいた。
私の周りにこんなに大きい人はいない。
身体がとかじゃなく、存在が大きい。
そして、目はとても優しい。
父上に似ている気がするけど、違う。
父上はこんな風な優しい目で私を見ない。
男の伸ばす手に、何故か自然と自分も身体を寄せていた。
「お」
「え?」
軽々と抱え上げられた腕はとても強く、深い緑の匂いを身にまとっている。
「俺が怖くはないか」
問いかけられ、深く頷く。
そう、自分に害を為す人かどうかはわからないけれど、何故か強く惹かれた。
「父上に似てます」
彼と付き人は一瞬目を丸くし、同時に笑い出す。
「あは、さすがは葉桜様ですね」
「似てるなんて一度も言われたことねぇのに、わかるのか?
すっげーな」
「……でも、父上より……」
小さく呟いた言葉に男は尚も笑った。
聞いていない付き人が戸惑う。
が、何かを察知したのか、大きく頷いた。
「この方はお父上の弟君にあらせられ……」
「なあ、おまえ、俺の娘にならねえか?」
唐突なその言葉に、私は何故か自然と頷いていた。