若葉の候
□義父に習う
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いつからだったのか、よく覚えていない。
だけど、父様と出会ってからも私の帰る場所はお城だった。
それは付き人の彼たっての願いでもあったけど、私自身も何故か離れてはいけないという気がしていたからだ。
巫女の勘だと言えれば良いのだけど、私の巫女としての素質はほとんどないに等しく、先代の母上に比べずとも明らかに劣っていた。
神気に限って言えば、かつて無いほど清浄なのだと宮の奥の偉い人に言われたけど、私自身にはよくわからない。
わかるのは、自分が今までのどの巫女よりも役立たずだというぐらいだ。
だが、そんな巫女でもいなければ困るのだと言う。
表の巫女と違い、影の巫女は容易に継げるものではない。
素質が必要なのだと聞いた。
もっともそれを言った人も私を見つめて、深いため息をついたのだけど。
「それほどの神気をお持ちなら、まず間違いなく出来るはずの術ですよ」
なんどため息をつかれても、私は術の一つも満足に使えない。
最初は申し訳ないと思っていたが、何年も何年も同じ事を繰り返されると何とも思わなくなるようになった。
縁側に座って、地面に届かない足をぶらぶらと遊ばせながら、父様と子供の稽古を見ているのは、楽しいけれどつまらない。
父様が遊んでいるのはわかる。
だけど、一緒に楽しみたいというのが本音で。
それを言うには勇気が必要だったのだけど、私には言うことが出来なかった。
「えいっ!
やぁっ!」
「お、なかなか様になってきたな」
誰かの笑顔が欲しいなんて、考えたこともなかった。
独り占めしたいなんて、思ったこともなかったのに、父様に限っては別だった。
それは父上に似ていたからなのか、それとも単に馬が合うということだけだったのかわからない。
ただ、気がついたら父様が大好きだった。
子供が疲れ果て、肩で息をしているところでぴょんと縁側から飛び降り、その手から木刀を奪い取る。
「やる」
「え、ええ!?」
初めて持ったその得物はとても重くて、両手で持っているのもやっとだった。
だけど、よろよろとふらつきながらも持ったそれを無理には持ち上げずに、父様と初めて対峙する。
剣の前の父様はいつもと違う目をしていて、ぞくぞくとした不思議な感覚が心地良い。
「葉桜、遊びなら別なことにしようぜ」
「や。
これが、いい」
深く息を吐いた父様が真剣に私に向かって構える。
「一度だけだ。
よけれたら、教えてやる」
こくんと深く頷く私の目の前で、急に父様が知らない人に変わった。
同時に自分の中に今までになかった感情が顔を出してくる。
なんだろう、この感情は。
初めて、だ。
ドキドキして、心臓が破裂しそうだ。
真っ直ぐに向けられる剣先もその視線も感覚の全てが自分に向かっているのがわかる。
ふいに父様が口元を弛める。
楽しそうな、その顔につられて、葉桜も初めてその感情をあらわにする。
「父様」
甘く、囁くように、呼ぶ。
対して、父様はただ深く頷いた。
それでいいと言われている気がして、葉桜は重い木刀を両手で持ちながら、舞を舞う時と同じに軽やかに地を蹴った。
「はぁぁぁぁっ!!」
舞の稽古の成果なのか、それとも生来の資質なのか。
それだけで葉桜の体は父様を見下ろす位置まで飛び上がった。
後は、木刀と自分の重さで落ちるだけだ。
「……甘ぇな」
なにがそうさせたのか。
頭で考えるよりも先に体が回転して、向けられた父様の木刀を蹴るようにして、後方へと落ちる。
旋風で踊る木の葉のようにくるりと回転し、ころりと転がる。
「痛ーっ」
その上に落ちる影に顔をあげると、父様はいつもよりも嬉しそうに笑っていた。
「見事だ、葉桜」
差し出された腕に縋ると抱き上げられて、ぐるりと世界が回った後にはその大きな胸の温かさに包まれている。
「どうして先に剣ができると言わねぇ!
そうしたら、もっといっぱい遊べるだろーがっ」
「と、父様……っ」
そんなことを言われても剣を持ったのはさっきが初めてだ。
ぐりぐりと後頭を撫で回す父様から逃げながら、それを伝える。
「私、舞しか、してない」
「剣舞か?
そうか、大陸の舞なら、剣に通じてるからなぁ」
ものすごい誤解をうけている気がする。
「私の舞、巫女のものだ、から。
剣、使わない」
「そうなのか?」