若葉の候

□始まりの巫女
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 時は戦国。
 人も国も戦いに疲れ切っていた時代、山の奥深くにある一族がいた。
 古の時よりも国を治める者を影より護り、場合によってはその影となりて命を支える一族。
 彼らは、密かに影守の一族として生きながらえていた。

 森の中で自給自足をして、しかし有事にはその力で国を、支配者を守ることが出来るようにと日々の鍛錬は欠かされることがない。

 木々の間に木刀の打ち合う音が響く。
 声一つ発さず、高枝に結わえられた小枝を正確に打ってゆく姿は見えない。

「何の音ですか?」

 訪れていた珍しい客人が村長に問いかける。
 長と言うにはかなり年若い青年が軽く答える。

「これは葉桜です。
 きっと手が空いたから鍛錬しているんでしょう」

 近づいてくる音が急に途切れ、情報から人が飛び降りてくる。

「コウサ、明日、勝負するぞ!」

 体中に木の葉をつけたその人は細身な少年のようであった。
 が、よく見なくともその人は女性であることは明白。
 いくら戦の時代が長く続いていようとも、女性のように着飾るでなく、忍びのように身軽な姿で飛び回っている女など珍しい。

「来客中だぞ、葉桜」

 叱るというよりも愛しそうに少女を見つめながら頭を撫で回し、少女も嬉しそうに甘んじている姿は兄妹のようだ。

「これはこれはなにもない村に……つってももう三人しか残ってないけど、」
「余計なことはいうんじゃないっ」
「あははっ、とにかくいらっしゃいませっ。
 姉上が今日はごちそう作るんでしょ?
 手伝ってくるね〜」

 嵐のように駆け去ってしまった後で、村長という青年が小さく笑う。

「す、すいません」
「いえ、可愛らしい妹御ですね」
「可愛いだけならまだいいんですけどね」

 わざとらしく息を吐いて見せてはいるが、彼が少女を可愛がっているのは一目瞭然だ。

「ところで三人、ということは」

 話を切り出すと青年の顔が曇る。

「はい。
 戦に巻き込まれ、すでに一族に残っている者は私たち夫婦と彼女の妹だけ。
 私たちは命を絶やすわけにはいかないのです」

 遙か昔、この国を治めていた力の強い巫がいた。
 彼女には常に影のように従う一族がいて、呪いを払う力を持っていた。

「力もとっくに薄れ、出来ることといえば自分を守るだけで精一杯です」

 申し訳なさそうに、だがはっきりと告げられる。

「我らの力はすでに人の中へ消えてしまいました。
 戦に、この国に貸せる力はどこにもありません」

 強い、拒絶。
 だが、すぐに彼は笑う。

「今夜は泊まっていかれるのでしょう?
 外の話でも妹に、葉桜に聞かせてやってください」

 有無をいわせない態度に気圧される。
 これほどの人物が世に出ていないというのは不思議でならない。

 先を歩く青年はとても幸せそうだ。
 現に幸福なのだろう。
 だが、この男に出世欲といったものはないのだろうか。

「家康殿」

 声をかけられ、到着していたことに気がつく。
 そこは小さな小さな掘っ立て小屋で、中からは先ほどの女性と他の女性の楽しそうな笑い声が聞こえる。

「もーそんなんじゃないよ、お姉ちゃんっ」
「うふふ、どーせコウサには負けるのに意地っ張りねぇ」
「負けていいのっ。
 だって、勝っちゃったら……っ」

 くるりと男が振り返る。

「一晩で見極めてください」

 彼の小さな声に彼女の言葉が重なる。

「勝ったら、ここを出ていかなきゃならなくなる」
「俺は一族の者ではありません。
 影守の一族は女性直系のみに受け継がれ、彼女たちが力を受け渡すためには儀式が必要です」
「お姉ちゃんたちはここで幸せかもしれない。
 でも、私は一人でなんていられない」
「本来は子へと受け継がれてゆく力ですが、この産めない妻はその力をすべて妹へと託すと決しました」
「力なんていらない。
 この国なんてどうなったって構わない」
「俺は彼女と生涯共にいると決めているんです」
「私はずっとここにいたいっ」

 室内から聞こえてくる悲痛な幼い声を諭す、穏やかな声は青年と同じ。

「ねえそんなこと言わないで、葉桜。
 私はこの国が好きよ。
 今、平和を忘れてしまっているのは、こうして私たちが隠れてしまったから。
 役目を放棄してしまったから」
「そんなのお姉ちゃんのせいじゃないっ」
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