読み切り
□斎藤「蜩」
1ページ/2ページ
カナカナカナと、ヒグラシが鳴く声。
「あの、斎藤さん?」
取られた手に固まったまま声をかける。
夕暮れとはいえ、町外れとはいえ、この辺りもそれなりに人通りがある。
私の声に、彼は微動だにしない。
「甘い、な」
「はい?」
好いた人に抱き寄せられ、肩に顔を埋められ、動揺しない女がいるわけがない。
「さ、斎藤さん!」
でもここは往来で、たぶんもうしばらくすれば他の新選組隊士の方々も通るわけで。
「俺の部屋に来るか?」
「はい?」
なんで!?
「誘っているのだろう?」
その甘い匂いが、と。
「誘ってません!!」
真っ赤な顔をして叫ぶ私を、彼は嬉しそうに笑った。