「灯籠流し」

□灯籠流し2
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「庵さん」

 窓辺に肘をついて寄りかかりながら声をかけると、たっぷりの間をおいて、彼はにらみ付けてきた。

「煙草かして」
「なに?」
「いつも咥えてるの、煙草でしょ。
 切らしちゃってさ」

 教科書や資料集なんかでしかみたことはないが、それが煙草だとわかるので、差し出されたモノを受け取る。
 口をつけ、軽く吸い込み、口から話して息を吐き出す。

 普段の吸っているものはかなりライトなので、少しきついが問題はなさそうだ。

「…いつから吸ってるんだ?」

 初めて煙草を吸ったのは父が亡くなって荒れていた私が達海と出会うほんの一月前だ。
 つるんでいた年上の友人から教わった。
 だが、そんなことを話す必要はないだろう。

「忘れた」

 もう一口つけてから、それを返す。
 ふぅっと口をすぼめて煙を吐き出すと、細く昇って、すぐに消えた。

「好きなのか?」
「別に」

 好きとか嫌いとか、そういうんじゃない。
 ただ、何かを紛らわせてくれる気がするだけだ。
 常習性があるというが、別になくても今のところ禁断症状が出ることもない。
 ただ、口寂しいだけだ。

 唇を指でなぞると渇いてかさついていた。
 水をもらってこようかとも考えたが、妙に無気力で何かをしようという気が起きない。

 窓から吹き込んでくる風の心地よさに目を閉じる。

「あまり帰りたくないように見えるのは何故かな」

 唐突だった。
 あまりに突然すぎて、心臓がどきどきしている。

 帰りたくないわけじゃない。
 母がどうしているのか心配だ。
 ただ、あの場所にいても母を守る以外の意味などなく、世界に差して興味もなく、いまここにいると何もすることがなくて手持ちぶさたなだけだ。

 だが、それをこの男に言ったところでどうにかなるものだろうか。

「気のせいだろ」

 詮索されるのは好きじゃないので、その場を立ち去ろうと腰を上げる。
 町に出れば何か気晴らしが寄ってきてくれるかもしれない。

「出かけるのか」
「ただの、散歩だ」

 その後に何か言っていたようだけど、気にせずに部屋を後にした。

 花柳館を出て、風の流れるまま気の向くままに足を向けていたら、自然と人通りをさけていた。
 長い長い長い塀が続く道を彷徨うように歩く。

 とん、とすれ違う浪人と肩が触れた。
 声をかけられ、振り返る。
 気晴らしが来たな、と自然と口が笑む。

「何がおかしい」
「別に。
 得物持ったぐらいで粋がってる馬鹿な奴らだなぁって思ってただけさ」

 とたんに抜かれる日本刀の切っ先をまっすぐに見つめる。

「私がこの世で一番嫌いなものはな、お前らみたな力に恃む馬鹿共だっ」

 言いながら走り出し、剣戟を避けながら腰を落としてその懐に潜り込む。

「っ!?」

 驚愕している相手を投げて、そのまま体重を乗せるように肘をみぞおちに叩きこむ。

 こういう道に優れていると言われたのはいつだったか。
 護身術として習っていた技は父の死後、実戦経験を積んで格段に昇華されていった。
 今では大抵の大人でも叩きのめすほどの実力を持っている。

「もう終いか?」

 立ち上がってみたが相手は完全に落ちていて、目を覚ます気配もない。
 これではあまり気晴らしにならない。

「もう少し散歩するか」
「ま、待って!」

 物陰から少年が一人飛び出してくる。

「庵さんに言われて警護してる俺らの身にもなってよっ」

 同じ場所から悠々と出てきた男に眉を顰め、そのまま元来た道を進んですれ違う。

「…余計なことを…」

 怒らせるために言った。
 だけど、彼は何の反応も示さなかった。



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