「灯籠流し」

□灯籠流し3
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 宵闇に紫煙がゆらゆらと立ち上る。
 闇夜に映える煙の筋を見ながら、何かを考えている訳じゃなかった。
 何かをしていれば気は紛れるが、何もすることがないときはこうして一人で煙管に火を点けた。

 子供には高価なモノだとわかる。
 でも、もらったモノをしまっておくつもりはない。
 煙草は口実だったが、人と離れるにはちょうど良かった。

 室内では、特に慈照やおこう、咲彦、倫の前では吸わないように気にしたのは意識の片隅に、やはり有害と思っている自分がいるからだ。

「有栖」

 近づいてくる人影に背を向ける。
 なんでいつもこいつが寄ってくるのかわからない。
 だけど、辰巳はそんな反応を気にせずに隣に座る。

「果物好きだっつってたよな」

 ほら、と差し出されたのは小玉の林檎がひとつ。

「ありがと」

 素直に受け取り、煙草の火を消す。
 柄杓から水を汲み、一口飲んで口をすすぐ。

「いいのか、消しちまって」
「邪魔だから。
 また、焦がしても困るし」
「また、?」

 問い返されて気がつく。
 ここで、焦がしたりしたことはない。
 あれは、達海の家で、だ。

「なんでもない」

 誤魔化すように乱暴に服で拭いた林檎をそのまま囓る。
 果汁が溢れ、吹き出した。
 味は酸味はあるが、わずかに甘味が勝っている。

「なあ、なんで煙草」
「なんども聞くな。
 いい加減うっとうしい」

 シャリシャリと食べ続ける様子をじっと見られていることに気がつき、半分ほどで食べるのを止める。

「なんだ?」
「おまえ、なんであいつらの前では吸わねぇの?」

 そんなこと決まっている。

「医者にあれこれ言われるのが面倒ってのもあるけど、一番は迷惑をかけたくないから、だな」

 不思議そうな男を軽く笑う。

「この時代じゃあまり知られてないけどな、煙草ってのは吸ってる奴より周りの方が害を受けるんだ。
 私のせいで病気になられても困るしね」

 そんなモノを吸っている本人にも良くないのは百も承知。
 だけど、これを吸っているときは穏やかでいられるような気がする。

「おまえは?」
「噂じゃ背が伸びなくなるとか不妊になると言われてるけど、まあせいぜい早死に程度?」
「…マジか?」
「さぁね。
 ま、別に身長なんか気にしないし、子供なんていらないし、長生きにも興味ないし、別にいいさ」

 未来なんて考えたこともない。
 父がいなくても巡る世界に絶望したのはもう十年も前で、あの時から私の時間は全部止まったままだ。

「意味のある時間なんてどこにもない。
 生きる意味なんてしらない。
 私は、今どうするかぐらいしか考えられない」

 腕を引いて、辰巳の手に半分の林檎を渡す。

「食べたいなら最初からいいなさいよ。
 食べかけだけど、半分あげる」
「い、いらねぇよ」
「食べかけじゃ嫌?」

 座っても体格の大きな男を見上げると、少しの間をおいて、その顔が赤くなり、だがすぐに厳しく眉を顰めた。

「有栖、これ以上成長したくねぇのか?」
「これ以上も何も、私の時間はとっくに止まってるもの。
 あの時から、ずっと変わらない」

 知らず、奥歯をかみしめ、うつむいてしまう。

「私がいてもいなくても、世界は何も変わらない。
 意味のない場所で生きる意味なんて、ないもの」

 身体を離し、離れようとした腕が引き寄せられる。

「意味がない?
 おまえにとって生きる意味はねぇのかよ」
「ないよ。
 辰巳もでしょ」

 びくりと震えるのが伝わってくる。
 だけど、わかっていた。
 達海とは違う部分があるとすればそこだ。
 いつもどこか通じる部分があった。
 気づきたくなかった。

「達海兄ぃが好きだった。
 だけど、それと辰巳は違う。
 私は、傷を舐め合うようなのはごめんだ」

 腕を振り払って駆け出す。
 方向も定めるままに飛び出して、どうするかも何も決めてなかった。



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