幕末恋風記[追加分]

□文久三年葉月 01章 - 01.5.1#ありえない推薦者
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 京に来て二月あまりも過ぎれば、流石に私だって慣れたもので知人友人もかなり増えた。だが、それでもやはり私にとって一番の気がかりは鈴花に変わりはなく。

「京都の……神髄?」
 だから、部屋へ戻る途中に聞こえた鈴花の声に、私が思わず足を止めたのも必然といえるだろう。

 京の町にすっかり馴染んだ私とは別で、壬生浪士組にやっと馴染んだばかりの鈴花は持ち前の物怖じしない性格と負けん気の強く、真面目な性格ですっかり男衆に気に入られていた。女としてというよりも弟として扱われているように見えるがそれもまあ良いだろう。剣で身を立てようとしているのに女として扱われても困る。

「おうよ! ここを外しちゃ京都を知ったことにならねェってトコよ!」
「へえ……そんなトコがあるんですか。ちょっと行ってみたいな」
 にしてもだ、と私は口元を緩めながら鈴花と永倉のやりとりを眺める。あまり鈴花で遊ばれるのも困るので、一応遠目に見張っているが、どうやら心配ないようだ。永倉を追い返した鈴花に、私はホッと安堵の息をつく。

「みんなしてたるんでやがるぜ。少し引き締めてやらねぇとな」
 一部始終をのんびりと縁側に腰掛けて見届けた私に、突然上から土方の声が降ってきた。気配を読むのが苦手とは言わないが、土方はいつからいたか気がつかなかった。私は鈴花に集中しすぎていたのだろうか。

「こんなのは今だけだから、大目に見てあげてくださいよ」
 私が軽めに言うと、土方からは返事の代わりに深いため息が降ってくる。

「こんな時だから、だ。俺たちは京まで遊びに来たわけじゃねえんだ」
「筆頭が酒浸りなのはどうなんですか?」
 少しの間の後、土方はまた深いため息をつく。それを静かに笑って、私も屯所へと上がり込んだ。夏間近の日差しは強く、初めての京の夏は既に私にとってはかなりきつい。何よりも蒸し暑さが地元とは比較にならないほど、ひどいのだ。この男物の長着姿が許されていなければ、耐えきれないかもしれない。

 これで後一月後が夏本番だというのだから、水筒は手放せないなぁと私には苦笑いの毎日だ。

「葉桜」
「この間の話の繰り返しは御免被りますよ。どう言われても、私の器じゃない」
 私が土方の話の先手を取って顧みると、思いっきり眉間に皺を寄せて、渋面されてしまった。それが楽しくて笑ったものの、私は次の言葉に顔を強ばらせることになる。

「芹沢さんが葉桜を推しているとしてもか」
 私はまず何よりも先に腹が立った。名前を聞くだけで、今の私がすぐに怒り心頭に達するとわかっていて、土方は尚もそれを言うのか。

「質の悪い冗談ですね」
 私の強張る声に土方は黙ったままだ。

「あの人が私を推すはずがないですよ。女に務まるわけがないと言い切るような男が、私を認めるわけがありません」
 ここで最初に面接したときだって、あいつは鈴花をそんなふうな目で見ていたはずだ。女に何が出来ると、言葉ではなく態度で物語っていた。

「実力じゃ確かにあの人は相当強いし、存在感だってある。でも、たとえ私があの人に勝てたとしてもあの人は私を認めませんよ。あの人がどんな苦境に立たされても、私の手を借りようとも思わないでしょう」
 こちらに助ける術があっても彼がそれを望まない限り、自分には手を出せない。やれることがわかっていても、私には手をだすことが出来ない。それをしてしまえば、本当の意味で私たちの関係は崩壊してしまう。今さらでも、それは躊躇われる。

 私の仕事はもともと不確定だ。そして、一歩間違えれば人が死ぬことだって容易にある。

 ーー自分の行動のすべてに責任があると思え。

 そう、私は言われてきたし、私の行動一つですべてが終わることだってあると知っている。だから、私はこんな仕事をしていても依頼がない限り動いてはならないと自分自身に定めている。

 そうでなければ、今すぐにでも芹沢を殴ってでもあの約束を思い出させてやりたい。強く握りしめた手で思い出を振り切り、私は土方を強く見つめる。

「土方さんだって、私を疑っているはずでしょう? 何故そこまで私を気にかけるんです」
 関係がないでしょう、と囁くように私は言の葉を紡いでゆく。そこには強い拒絶を漂わせて、土方が諦めるようにと。

 余計なことはするな、とそう小さな頃から重々言い聞かされてきた。この仕事も他の役目も深入りや詮索は無用なのだと。他人の領分に入り込んでまでやる仕事ではないのだと。

「疑ってるわけじゃないさ。理由がない」
「ふふ、無理しなくてもいいですよ」
 作り笑いの私の肩を土方が掴む。大して力を込めているようには見えないのに、土方の力は強い。

「そこまでして拒む理由はなんだ。お前は桜庭と同じ理由でここへ来たわけじゃねぇのか」
 鈴花は剣で身を立てるという目的で壬生浪士組へ入った。だけど、私は既に武芸者として身を立てているし、此処へ来た目的は全く別だし、かといってそれを話そうとは思わない。だって、この人たちに私の手がどの程度必要かなんて見極めも出来ていないのだ。

「故郷ではこれでも剣術指南役でね、剣客としての名は上げてるつもりです。しかし、自分が女だからということを武器にすることも卑下するつもりもありませんが、そう見る者も多いのは事実で、その場合肩書きに意味なんてありません」
 こんな建前でも留まる理由としては充分だろうかと考えながらも、私は土方から目をそらさない。土方もまっすぐに私をみたまま逸らす気はないようだ。

「肩書きが欲しいから入隊したワケじゃありません。私はただ、」
 ふっと私の口元に自然な笑みが浮かぶ。私はここに来てひとつだけよかったと思っていることがある。それはここでなければ得られないものだ。

「ただ、なんだ?」
 黙ったまま笑みを浮かべている私に、土方はまた眉根を寄せる。誰もが私を見るとき、そういう顔をするからもう慣れた。

「私はただ強い人と戦いたい。今はそれだけが理由です」
 表情を変えない土方の手を肩から外し、その隣をすり抜けて、私は道場へと向かう。

「そういうわけで、鍛錬に行ってきます」
 背中で複雑そうな土方の視線を受け止めて、私は軽い足取りで道場へと向かった。残された土方は小さく舌打ちしてから、自室へと足を向けたようだ。土方の部屋の障子が閉まる音に安堵し、私は足を止める。

 強い人というならば、ここにはかなり多くいる。これだけの剣客が集まる場所など、私は知らない。そんな場所にいられることはおそらく剣客としては幸せなのだろう。

 これで依頼ーー少女との「約束」がなければ、私は無条件に楽しめたかもしれない。これから何が起こるのか知っていても、私はそれを伝える術を持たず何もできることはない。

 だけど、叶うなら。一日でも長くこの平和な日が続くようにと私は願いたい。



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