幕末恋風記[追加分]

□文久三年長月 02章 - 02.7.1#山南先生
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 ここ数日、私は夢を見ている。何度も何度も自分の手で赤い血飛沫を上げて、大切な人が死にゆく夢を、私は見続けている。これが今ではなく過去なのだとわかっていても、私の胸はひどく塞いだ。

 心を隠す術を身につけるようになったのはいつからだっただろうと、私は毎朝、空を見ながら考える。小さい頃の私は隠そうとして隠していたことはなかった。それがいつから、こんな風に私は意識して隠すようになってしまったのだろう。

「次、お願いしますっ」
 目の前で礼をしてから構える隊士に大して、私も渋々と下段に構えをとる。彼の弱点だと知っていて、私はそうしている。

「はいはい。どこからでもどうぞ〜」
 そうして、一秒二秒と待つ間に仕掛けてきた相手をいなし、私はいつものように軽く剣を振るう。私は木刀を彼の首筋にひたりと当てて、止める。

「まだまだ。もう少し崩すことを覚えような〜?」
「そんなぁ、葉桜さん相手じゃ無理、」
「無理とか言っても敵は待っちゃくれないぞ」
「う……はい」
 芹沢がいなくても、私の毎日は何も変わらず過ぎてゆく。いたことさえもわからないぐらいに、平和に普通に過ぎてゆく毎日に埋没するように、私は稽古に精を出すことしかできない。

 数人の隊士の相手をしてから、私は一息入れるために井戸へと向かう。あれから私は、隊務以外の時間のほとんどを道場で過ごしていた。稽古をすれば芹沢を思い出してしまうけれど、私は何かをしていなければ考えてしまいそうで。そして、私にとって何かといえば、稽古をするか書を読むかしかない。だけど、今はとにかく何も考えたくなかったから、ただ無心に鍛錬に集中していた。

 鍛錬の休憩中に私は井戸へ行って、桶をくみ上げる。汲み上げたばかりの水に映る私の顔は、誰も周囲にいないからか何の感情もないのがよくわかる。

(ひどい顔)
 笑顔を作ろうと口端を上げてみても、私の目が笑わない。これじゃダメだと思っていても、私自身にはどうしようもなかった。

「おぉい、葉桜。土方さんが呼んで、って何してんだ?」
 原田の声で私は慌て、水をすくい上げて顔を洗う。こんな顔で私がいちゃダメだ。早く、笑わなきゃ。

「葉桜?」
 私は数回水を顔に打ち付けるようにして洗い、懐から手拭いを取り出して、顔を拭いた。

「あ、ああ。わかった、直ぐに行くよ」
 無理矢理に笑顔を作ったけれど、私はやはりちゃんと笑えていなかったのだろう。すれ違いざま原田に頭を叩かれた。

「あんま無理すんじゃねぇぞ」
「ははっ、無理なんてしないよ〜」
 寄りかかれとはいわない原田の優しさに感謝しつつ、私は土方の部屋へ向かった。おそらく新たな任務の話だろうと、気持ちを切り替えながら。



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