幕末恋風記[追加分]

□元治元年水無月 03章 - 03.5.1#原田の純情
1ページ/3ページ


「来月、祝言を挙げるんです」
 嬉しそうに言った小料理屋の娘のお膳立てをしたのは、私だった。だけど、まさか彼女に懸想している男が他にもいるなんて考えてもいなかったし、しかもそれが私自身の仲間内にいるなんて思いも寄らなかった。彼女はどこにでもいるようなごく普通の娘で、何かしらのきっかけがなければ、万人の目に止まるようなことだってない。私にとってはそういう普通なのがとても羨ましくて、彼女には絶対に幸せになってもらいたかった。だから、彼女からの祝言の報告はとても嬉しかった。直後に、原田が告白しているのを目撃しなければ、私はもっと喜べた。

「……葉桜さん〜っ」
 情けない顔で戻ってきた彼女が目の前にしゃがみ込んでしまったので、私は椅子に座ったままで彼女の頭に手を置き、撫でてやる。

「おかえり〜、良かったねぇ」
「良くないですよ〜、私、あんなに怖そうな人から告白されるなんて……」
「見た目は怖いけど、中身は悪いヤツじゃないよ」
「やっぱり、お知り合いなんですか」
 私が苦笑していると、涙を浮かべたまま上目遣いに睨まれる。怖いというよりもそれはかなり可愛い。

「知り合いってか、仕事仲間」
 少し考え込んだ後で娘がふぅと息を吐き出す。その仕草一つ一つが私にとっては可愛くて仕方がない。もしも生まれ変わるなら、力も剣の腕もなくていいから、彼女のように普通になりたいと願う。

「お仕事、今は新選組でしたっけ」
「そ。まあ、今日は非番だけどね〜」
「なんでそんな怖そうな所にいるんですか」
「まあ、これも仕事、」
「いっつも、そうですよね。葉桜さんと会うときは、いっつも仕事だって」
 どうみても私が遊んでいるようにしか見えないとふくれている彼女が仲間に呼ばれて、奥へ戻る。その間に私は他の従業員に代金を払って、店を出た。これ以上いると、またいつものお小言を言われるに決まっているのだ。

 私が彼女と出会ったのは京へ来て直ぐだった。道に迷って入ったこの店で、案内してもらったのがきっかけで、何の特徴もない彼女がかえって、私には好ましく映った。

 私はゆっくりと空を仰ぎ、町人に挨拶をしながら、のんびりと壬生寺へ向かう。途中すれちがった原田に、私は小さく謝っておいた。
次へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ