幕末恋風記[追加分]
□元治元年文月 04章 - 04.5.1#剣術遊び
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道場に入ろうとしていた私は、珍しく躊躇していた。その理由は、戸口に数人の平隊士が群がっていたからだ。最初、私は彼らに声をかけようと思ったが、中から聞こえてくる二つの声で留まった。
「戦いは気迫が勝負です!! さぁ、もっと打ち返して!!」
「うひぃぃぃぃぃ〜!」
私は片手を頭の後ろへやって、はぁとひとつ息を吐く。そろそろ鈴花と沖田で稽古させてみるかと考えてはいたが、どうやらまだ少し早いようだ。
「はーい、どいてどいて」
「あ、葉桜さん。今行ったら危険ですよっ!」
何が危険なものかと私は忠告に耳を貸さず、躊躇いなく道場の中へと足を踏み入れる。背中には心配の視線が集まるが、私からしたら多分に余計な世話だ。
「おーい、二人ともそろそろ時間ー」
「あ、葉桜さんっ」
私を振り向きざま、沖田が振り抜いた剣の向こうで鈴花を吹き飛ばされる。鈴花は普段から私が鍛えているから、これぐらいじゃ大した怪我もしないだろう。
尻尾でもついてりゃ勢いよく降ってそうに近づいてきた沖田が、いきなり私に斬りかかってくる。それを体重移動だけで避けて、沖田の手を押さえ、私は足でその木刀を蹴り落とす。
「っ!」
「そこまでつってんでしょ。ほら、鈴花ちゃんもさっさと支度なさい」
「え、今日は葉桜さんもなんですか?」
「やー土方さんのおつかいあるから、ついでに一緒に行こうと思ってね」
力で手を外そうとする沖田を引っ張って、私は道場を出る。道場を出てしまえば、私闘になってしまうから沖田も手を出せなくなるからだ。
「葉桜さんがいるなら」
「あぁ?」
外そうとするのを諦めた沖田が手を握りかえしてくるのに対して、私はするりと抜けだし、先を歩く。
「今日は思いっきりやっても良いですよねっ」
「いいわけあるかっ」
軽い足取りで私を追いかけてきた沖田に叫ぶ。その背が楽しそうに追い越していく姿を見ながら、私は小さく笑った。今日ぐらいは沖田の剣術遊びにつきあってやるか、と。
だが、私がその考えを撤回するまで一刻もかからなかった。そりゃあ、私だって少しはつきあってやろうと思っていたのは嘘でもなんでもない。
土方の使いがあるからと別れたばかりで、その場所から聞こえてくる声に私は息を深く吐き出す。今の沖田は危険だと分かっているから、止められる者が少ないと、自分が数少ないその中に含まれると分かっているから、私は踵を返して戻る。案の定、私は沖田たちと向かい合う浪人の背後に出ることになった。多少消しているとはいえ、私の気配に気がつけないようじゃ、大した腕の相手でもない。
「くくく、お坊ちゃまの剣術遊びにつきあってやるぜ」
そう言った相手の背中から、私は軽く手刀を浴びせて昏倒させる。
「葉桜さんっ」
「こーらー、私といるとき以外は喧嘩買うなって言ったでしょうが」
「なんだ、貴様……っ?」
私は向かってきそうな相手に向けて、無造作に拳を向ける。
「いるじゃないですか、葉桜さん」
「ちっ、沖田は計算づくか」
「貴様ぁっ!」
剣を抜きかけた男に私は片足で蹴りを放ち、押さえ込む。
「あぁぁ、僕にも残しておいてくださいよー」
「やなこったっ」
後ろで剣を抜いた気配を感じて、私も剣を抜きざまに背後に横一線を仕掛ける。
「ぐぅっ!」
「がはぁっ」
ドサドサと相手が落ちたのを確認してから、私は沖田の方へ向き直り、直ぐにすっと身体をずらした。私がいた場所を通り抜ける一閃は予想されたものだが、流石に鋭い。
「私闘厳禁だぞ」
一閃を放った沖田も私が避けることを予想していたはずだが、珍しくも今のだけで大人しく剣を収めてくれた。確認して、私も鞘に収める。
「残しておいてくださいっていったのに酷いですよー、葉桜さん」
「ほら、おまえらぼーっとしてないで捕縛して」
私と沖田のやりとりを呆然と見ていた見廻りの隊士たちが慌てて、倒れている相手を捕縛する。
「私は土方さんのお使いがあるんだって言ってるでしょうが」
「付き合いますって」
「沖田は仕事中でしょうが」
「じゃあ、見廻り終わらせて帰ってくるまで待っててくださいよ」
「やだって言ってんでしょうが」
「むー、じゃあどうしたらいいんですか」
不満そうな沖田に、私はからりと笑いかける。
「今日は大人しく見廻りしておけって言ってる。どうせ、明後日には私と見廻りなんだからさ」
その時なら暴れていいぞと、私はカラカラ笑いながらもう一度仲間に背を向け歩きだす。これから沖田たちは捕縛した浪人を連れて行かなきゃならないし、巡察は開始したばかりだ。今日はもう屯所に戻るまで会うこともないだろう。
「じゃあな」
振り向かずに片手を振って、私は今度こそ沖田らと道を分かれて、立ち去った。
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