幕末恋風記[追加分]

□元治元年葉月 05章 - 05.3.3#つきあってやろうか?
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 鈴花は私以上にすっかり新選組に馴染んだ。最近は他の者にも進んで稽古をつけてもらっているというし、良い傾向だ。もしも今私がいなくなってもなんの心配もないだろう。

 そこまで考えて、私はくすりと一人笑いを零す。何故、今になって自分がいなくなることなど心配しているんだろう。「約束」がある限り、私にはそれは許されないし、どんな約束であろうと勝手に反古にすることはできないのに。だからこそ、私はおいそれと約束などしないことにしているのに。

「原田ー、私面白い話聞いたんだけど、聞く?」
 大部屋で寝転がる原田に、私は窓辺で湯呑みを傾けながら、軽口を叩く。

「おー、なんだ?」
 部屋にはさっきまで他にも隊士がいたのだが、永倉が島原へ連れていってくれると聞いて出ていってしまった。だから部屋には気分が乗らないと断った私と原田しかいない。寝転がる原田には、私が少し足を伸ばせば届く距離だ。

「私のよく行く店の女の子が噂してたんだけどー、最近、帰り道を一人で歩いていると後ろから何かついてきてるみたいなんだって」
「それがなにかよくわからないんだけど、家に着くとその人はいっつもいなくなるんだって」
「それまではよく浪人に絡まれる子だったんだけどー、てかその縁で知り合ったんだけどー、その人が夜についてくるようになってからぱったりそういうことがなくなったんだってー」
 見なくても、私の話を聞きながら、だんだんと変わってゆく原田の様子をほくそ笑む。

「……それの、どの辺がおもしろいんだ?」
「私も一度だけそれを見かけたことがあってねー、なーんか誰かに似てる気がするんだけど、原田はどう思う?」
 誰のことを言っているのか予想はついているのだろう、起き上がった原田が顔を俯かせて、ガシガシと後ろ頭を掻く。

「そんな回りくどいことしてないで、素直に送ってあげればいいと私は思うのよ。外見はそりゃちょっと怖いけど、無害なのはよくよく言ってあるし」
 弾かれたように顔をあげる原田の額を、私は扇子で叩く。

「葉桜、おまえっ……てっ!」
「男なんだから、当たって砕けてこいよ」
「俺が砕けるの前提かっ」
「さぁ? それに、私は一言も原田のことだなんて言ってないよ?」
「ぐ……っ」
 くつくつとした笑いのままに、私は原田をみやる。原田は赤くなったり青くなったり忙しそうで、これだから原田をからかうのは楽しいのだ。

 今回の私のお膳立ては、この間のちょっとした罪滅ぼしみたいなもんだ。故意ではないとはいえ、原田の想い人の結婚をまとめたのは私だったから。

「告白に行くの、つきあってやろうか」
「い、いらねえよっ! 一人でいけらぁ!!」
「あはは、わかった。じゃあ、がんばれ〜」
 立ち去ろうとした私の袖が引っ張られ、思わずにやりと笑みが溢れる。もう楽しくて仕方がない。

「なんだー?」
「……そ、その……ありがと、よ」
「ふふふっ」
「な、なんだよ、その笑いはっ」
「べっつに〜?」
 今度こそ、私は軽い足取りで立ち去り、残された原田は赤い顔を抱えて、呻いていた。



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