幕末恋風記[追加分]

□元治元年長月 05章 - 05.7.2#選択
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 この頃、隊士たちの間でひそかに噂されていることを私は知っている。

ーー副長と総長は敵対しているんじゃないか、と。

 そうではないことを私は知っていたけど、あえての反論をすることはしなかった。何故かというと、思想的と意味ではそれは確かに真だからだ。土方も山南も、誰も何も間違っちゃいなかった。ただ同じ場所にいても見ているものが違うってコトぐらい、部外者の私だってわかる。土方と山南、それぞれの苦悩は近くにいたせいか、私にはよく感じられた。

 昼過ぎのほんの短い間に、隊士たちに噂の真を否定させることがあったらしい。山南塾で子供に剣術を指導していた山南のもとに土方がふらりと現れ、二人が剣を交わしたのだという。興奮して話してくれた鈴花の様子から、それがどれだけの勝負なのかもわかったし、見られなかったことは私も本当に残念だ。

 だが、問題はその後だと鈴花はいう。山南の講義を聞いた土方が激昂したのだという。山南の想いも土方の想いも、自分にはよく知ったものだから、私は何も鈴花に言えなかった。

「土方さん」
「っ! ああ、葉桜か」
 縁側から珍しく庭を眺める土方に私が声をかけると、土方はかすかに目を泳がせて笑った。どうした、とそこで私に笑うのが不自然なのだと、土方は気づかないのだろうか。だけど、私から教えてやるつもりはない。

「ん。ちょっと、ね」
 私はペタペタと廊下を歩いていって、土方の後ろから子供のように抱きつく。

「……葉桜?」
「山南さんには何も言わないであげて。絶対、私がなんとかするから」
 私には自分がどうしたらいいか何てわからない。だけど、たったひとつだけ私の心に決まっていることがある。これだけは絶対に諦めたくないことが、私にはある。

「たとえその道が違ってしまっても、過去の想い出まで消してしまわないで。互いに笑い合った時を、試衛館で過ごした時間を忘れないでください」
 土方の気配が堅く強張るのを笑いながら、私は身を離す。

「私、知ってるんです。土方さんは山南さんを認めているから、強く言うのでしょう。だったら、その絆が絶えないように私が強くします」
「葉桜は試衛館を知っているのか」
「フッ、秘密です」
 微笑む私の肩を土方が掴む。真っ直ぐに自分を見つめる土方の曇りない視線を、私は避けることなく笑顔で受け止める。

「もしも俺たちが袂を分けたら、お前はどちらへつく?」
 先を知っているとしても知らないとしても、これだけは私にはきっと変えられないだろう。私は肩を掴む土方の手に、己の手を重ねる。

「もちろん、土方さん、貴方と近藤さんにつきます。私は、そのためにいるんです」
 新選組が新選組としてある場所に、私はいなければならない。それは近藤の想いがある場所だから、私がいる場所は変わらない。今は土方にも意味がわからなくても。

「いずれその意味は知れるでしょうけど、今はただ信じていてください。私は新選組が、ここが好きなんです。お二人の守るこの場所が、私の、」
 重ねた手に力を込めて、私は笑う。

「私の居場所なんですから」
 私に故郷はあれど、これはもう変えられないだろう。それほどに、自分が新選組に馴染んでしまったことを私は認めないわけにはいかない。ここはもう私の帰る場所だ。

「ねえ、土方さんだって本当は知っているでしょう。守るものがあるとき、人はとても強くなれるんです。それには相手がどれだけ強大だろうと関係ない。だって、敵の大きさで守るワケじゃないんですから。護りたいから、護るんです」
 その道がどれだけ血を流すのだとわかっていても、私はいつだってその先に求める未来があると信じて進み、叶えてきた。

「幸い、私には少しばかりの力と特権があります。だから、頼りにしてください」
 私はこの身がどれだけ汚れてしまっても、地獄の口が常に待ちかまえているとしても、誰も救えない逃げ道なんて知らない。そんなもの私は知りたくない。

「ーー葉桜は、」
 肩に置かれている手を外し、今度は私からその肩へ手を置き、自分よりも少し高い土方の耳元へ、囁く。

「土方さんはただ前を見て、歩き続けてください」
 どれだけ困難な道であろうと、自分がきっとその先を切り開くから、と。誓いをたてる私を土方は、いぶかしむ瞳で見返してきた。



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