幕末恋風記[公開順]

□(文久三年水無月) 01章 - 01.2.1#木片と糸
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「芹沢さんが島原の角屋で暴れた上に、何の権限もなく七日間の営業停止命令を出したそうだ。芹沢さんの酒乱にはほとほと困ったものだよ」
「本当ですねぇ」
 山南の隣で頁を繰りながら、私は曖昧に返事を返した。別に聞いていないわけではないし、蔑ろにしているつもりもない。単に私は読んだことのない本に没頭しているだけだ。

 何故昼間っから私が山南の部屋にいるのかは、ほんの小一時間前にさかのぼる。

 朝稽古を終え、朝餉も終えた私が、同じく非番の鈴花を誘って甘味処にでも行こうと思ったら、すでに彼女は原田に連れ出された後で。いきなり予定変更を迫られた私は、何か書を読んで過ごそうと決めた。だが、京に不案内なのでどこに行けば書が手に入るのかわからず困っていたところで、通り掛かった藤堂に聞いてみたのだ。すると、どうやら山南の部屋に沢山あるらしいということで、そういえばと先日のことを思い出し、ついでもかねて私は山南の部屋を訪ねた次第である。

 山南の部屋には私が読んだことのない本も数多くあって、今はそれを読むのにとても忙しい。だからといって、もうひとつの目的を忘れたわけではなく。

「葉桜君」
「………………」
「手を、離してくれないかな」
「イヤです」
 私は本から目を離さずに答える。山南が困っているのは百も承知だが、ここで彼に逃げられては私がここにいる意味もなくなってしまう。両方の用事を逃さないために、目は行を追い、左手は頁を捲りながら、右手は彼の袂をしっかりと掴んである。

 完璧だ。

「葉桜君」
「もう少しで終わりますから」
「だから、貸してあげると」
「ここで読んでいきます」
「あのね」
 山南の呆れ声を聞きながら、私は書の内容を頭に叩きこんでゆく。私の集中力に根負けしたのか、しばらくすると山南は大人しくなったようだ。

 家族とは違う、でも安心する気配にのめり込んでいた私は、ふと近くで聞こえる物音で顔を上げた。

「なにやってんですか?」
 それは山南の手元から発せられており、私は書を開いたまま彼の弄っているものを覗く。

「うん、ちょっとね」
「……木細工ですか?」
「少し違うかな」
 山南は木片と糸を操り、何かを組み立てていて、木片が重なりあうときにかちゃかちゃと軽い音を私に届けてきていたのだ。それはわかっているが、山南が何をしているのかまでは思い当たらず、私は首をひねる。その組み方やなんかは見たことがある気がするのだが。

(木細工じゃないけど、たぶん、近い)
「……人形……?」
 山南の隣で私が小さく呟くと、いきなり頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。彼を見ると、子供みたいに破顔している。

「葉桜くんはよくわかったね。まだ全然形にもなってないのに」
「え、本当に人形!?」
 かなり適当に言ったつもりだったのに、当たりだといわれても私自身困惑するだけだ。山南の前に積み上げられ、糸で繋がれた木片をもう一度よく見てみるが、さっきの当てずっぽうが信じられないほど、どう見ても人形には見えない。連想だけでよく当たったものだが、会話に繋がるならそれでいいか。

「これはまだ構想段階なんだけど、自動でお茶を淹れてくれる人形にするつもりなんだ」
「へー凄いですね。そんなの作れるんですか」
 自慢ではないが、私は華道茶道といった女性らしい手習いは苦手だ。その分腕っ節に関しては相当なものであるが、やはりお茶の一つもいれることができないとなると、ことあるごとにお小言をいただくのだ。代わりにこなしてくれる人形がいるというのなら、それこそ両手を広げて歓迎するに決まっている。

「出来上がったら見せてあげるよ」
「え、いいんですか? やったーっ」
 本気で喜ぶ私をとても嬉しそうに山南は見守ってくれる。その温かさにますます私は嬉しくなる。

「はははっ、話だけでそこまで喜んでもらえるなんて、沖田君以来だな。期待に添えるよう頑張るよ」
「はいっ」
 山南の言葉に素直に私は頷いた。実を言うと、私はからくりとか新しい発明が大好きなのだ。ただ、知人の自称発明家には「私が触ると壊れる」と嘆かれるが。

「他にどんなのを作れるんですか?」
 部屋の中を見回して、私はその他にそれらしい発明品らしきものが見あたらないことを確認した。知人の自称発明家は部屋といわず、家ごと発明品で散らかっていたから。ここではたぶん潔癖そうな土方にでも文句をいわれそうだし、倉庫にでもしまってあるのだろうか。

「見たいのかい?」
「是非っ」
「じゃあ、手を」
「イヤです」
 しっかりと私は山南の袂を握り直した。対して、山南はしかたないなぁと柔らかい微笑を私に向け、小さな子供にするように、私の髪を撫でる。山南の隣は、山崎や鈴花とは違い、気負わない自分で居られる。その心地よさに、私は自分の目元がゆるくなるのを感じた。

 だからというわけじゃない、気配に気づかなかったのは。

 不意に山南が離れ、つい不安に思ってしまって私が顔をあげると、丁度良く障子が開いた。

 そこに立っていたのは芹沢で、いつものごとく飲んだくれているのか、ほんのりと頬が朱に染まっている。

「芹沢さん?」
 芹沢は私と山南を交互に見た後、にやりと下卑た笑いを見せた。

「妙なのに懐かれたな、山南」
 大きなお世話だ、と無言で私は芹沢を睨みつけたが、少し考えて笑顔を向ける。

「羨ましい?」
 からかうように言うと芹沢の顔から笑みは消え、苛ついた様子で部屋の中を見回す。その目に止まるのは、私が読んでいる書の数々と山南が弄る木片と。

「また妙なもので遊んでやがるようだな」
「酒飲んで暴れるよりは良いでしょ」
 言い返した私と芹沢を遮るように山南が手を翳すが、今の私はそれで止まれなかった。

「だいたい、自分だって変なもの好きなくせに。格好だけ真似したって、自分以外の何者にもなれないってわかっているくせに」
 隣にいる人を振り切って立ち上がり、私は芹沢に一歩近づく。精一杯、目線を合わせて、睨みつけて。

 普通の隊士であれば、芹沢の振るう鉄扇で撃ち殺されてもおかしくない状況で、芹沢はただ静かに私の声を聞く。それが、私は気に入らなかった。

「今のあんたはあんたじゃない。大っ嫌いっ」
 そのまま、山南の部屋を後にする私を芹沢は引き止めることなく見送っていて、だけどそれさえも腹立たしく感じてた私は少しだけ寂しそうに私を見る山南に謝る余裕もなかった。



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