幕末恋風記[公開順]

□(文久三年八月十八日) 1章#新選組誕生
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 文久三年八月十八日、既に日の差す晴天の元に立つ私は出そうになる欠伸を噛み殺した。夕べはいろいろと用事が重なり、私が眠ることができたのは朝方なのだ。近藤らにバレると後が面倒なので私は報告もしていないし、する義務もない。完全に私事なので、私も言い訳る気もない。

 私がひとつ深呼吸すると、皆からも自分からも新品の匂いがしてくる。それが居心地悪いのか、それともこれから起こるであろうことに緊張しているせいか、壬生浪士組全体が浮き足立っているように見て取れる。今の状態だったら、子供がちょっとつつくだけで乱闘が起きるかもしれないと考えるだけで、心楽しくなってくる。

(て、余計なことを考えるのはやめよう)
 私たちは今庭で、芹沢や近藤の出てくるのを待っている状態だ。落ち着くために私は目を閉じてみるものの、周囲のざわめきに流されてしまって、少しも集中できない。諦めて目を開いて辺りを見回してみれば、幹部連中はみな落ち着いたモノだ。

 それなりの修羅場はくぐってきたつもりだったが、やはり私は彼らの比ではないのだろうか。とても敵わないなぁと思うと、やっと私にも自然な笑みが出てきた。

「葉桜さん?」
 隣にいる鈴花がそんな私を見て首を傾げる。それに、なんでもない、と言ってまた笑った。

 不思議なぐらいに鈴花までもが落ち着いていて、自分ばっかり焦ってて。こんな状態では自分一人も守れないし、救えやしない。ここにいる誰ひとりとして護れやしない。護るべきは命ではないけれど、命なければ、その信念だって護れない。

 私はもう一度目を閉じ、集中してざわめきを遠ざける。もう一度目を開ける。

 まるで私の意識が切り替わる機会を窺っていたかのように、ざわめきが収まり、芹沢と近藤が姿を現した。近藤がわずかに私の方を見る。切り替えた視線で私が見返すと、近藤は口元だけ薄く笑み、隊士に向き直るときには真剣な顔に戻っていた。

(なんだろ、今の)
 心中で首を捻っていたが、私は芹沢の声で我に返る。今はそんなことを考えている場合じゃないのだ。もちろん、芹沢を好きだ嫌いだと言っている時でもないし、筆頭局長である彼の言葉を聞かないわけにはいかない。

 幾ら過去の因果がどうあろうとも。

(あ、思い出したらむかついてきた)
 この間だって、私は殴りに行くの止められたばかりだし、その止められた原因ってのもわかってるけど、でも碌に練習もしない芹沢が自分の知っていた頃より強いかと言われると、そんな気はしない。単に偉そうになっただけだ。

 でも、私がもしも実行したことで私が除隊され、それで鈴花が嫌な思いをするのも寂しい思いをさせるのも嫌だから、私はぐっと拳を握り込むだけで黙っておく。

 偉そうになっただけとはいえ、芹沢は真実強い。真面目に考えて、おそらくひとりで勝つのは困難だろう。

「俺たちの誠の心意気を見せてやろうじゃねぇか!」
 近藤の言葉に隊士達が鬨の声をあげるのを聴く。そうだ、考え込んでいる場合じゃない。今日は大事な日ーーこの壬生浪士組にとって、とても大事な日なのだ。

 いくら、私自身が芹沢を気にくわなかろうと、この際関係ない。芹沢のせいで出動要請が遅れていることだって、たぶんきっと定められた通りなのだろう。

「ぼーっとしてんな、葉桜」
 後頭を叩かれた私が振り返ると、永倉と原田が何か嬉しいことを抑える顔で私を見ていた。



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