幕末恋風記[公開順]

□(文久三年葉月) 02章 - 02.2.1#剣の抜き方
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 簡単に抜くような剣は持ち合わせていないと私が言ったら、対峙している浪人どもに怒鳴り返された。当然だろうという目で斎藤が私を見ている。一面に広がる緑の清涼な空気と高く小さな木漏れ日の下で、私は顔を逸らしてため息を吐いた。

 巡察中、ここに彼らを誘い込んだのは確かに私だけど、そもそも仕事に対してのやる気がないのだ、今日の私は。誘い込むまでは私も騙し合いみたいで楽しいのだが、対面してみれば腕もないつまらない相手ばかり。私は沖田じゃないが、どうせなら強い相手のほうが楽しい。

「贅沢は言ってられません、か」
 スラリと抜いた私の剣に、浪人たちが興奮した面持ちになる。

「もったいない」
「なんだよ」
 小さな斎藤の呟きを私が聞きとがめると、斎藤はもうすでに相手に構えを取っている。斎藤も私同様、かなり面倒そうだ。

「斎藤の出る幕はないよ」
 私は右の口端だけつり上げて笑い、地を蹴る。相手が五人だろうが六人だろうが、雑魚は雑魚だ。走り抜けざまに、私は剣を閃かせ、竹を切る。

「うわぁ!」
 私は一人をその真下に蹴り落とし、二人目に柄を叩きつけて昏倒させる。三人目には剣の腹を叩きつけ。

「はぁっ!」
 私の直ぐ横で斎藤の気配が動き、敵を斬り伏せる。私は余裕の笑みで、残る二人を睨みつけた。

「まだやる?」
「ひぃぃぃ……っ」
 逃げようとする者に向ける剣はない、と私が剣を鞘に収めたところで、その浪人は私に斬りかかってきた。私は身を翻しつつ、浪人の足を引っかける。彼はそのまま竹につっこんで、私の目の前で小気味いい音を響かせて倒れ、昏倒したようだ。

「あぁ、せっかく許してやったのにねぇ」
 それを私が笑っていると、いきなり横から張り飛ばされた。倒れずに踏みとどまった私は大したものだと思うし、それをした相手の言い分はわかっているつもりだ。斎藤のまっすぐな瞳に射抜かれて、私はわずかに胸が痛い。

「何故だ」
 斎藤の短い問いに、私は苦笑を返す。

「言ったでしょ。雑魚に抜く剣は持ち合わせてない」
 私は本能的にヤバイと直感してしまう。斎藤は言葉少ないが見抜くことに長けている。事実、私のことを土方に進言したのは斎藤なのだ。どういう理由だろうと、これ以上信用されても困る。私が組長になるなんてもってのほかだ。

「ならば抜けろ。やる気のない者は必要ない」
「そういうわけにもいかないんだなぁ」
 目だけで聞かないでよ、と私は視線で返す。私にだって、答えようがないんだから。まさか、新選組がこれからどうなっていくのかを私が知っているから助けたいなんて言えないし、言ったところで信用されるわけもない。今の私が言えるとしたら、これだけだ。

「大切な約束があるんだ。だから、私はここにいる」
 依頼人である少女との、大切な約束。人でないかもしれないし、違えても問題はないのかもしれない。けれど、それでも一度した約束を破るような人間に、私はなりたくないから。

 私の殴られた箇所を柔らかく風が撫でてゆき、頬を掠めていった。何故今、斎藤が驚いた顔をするのだろう。

「約束は極個人的なものだし、相手は人間でさえないのかもしれない。でも、」



ーー新選組をとても愛しているものとの約束だ。

 やっぱり私の声は出なくて、でも斎藤には伝わったようで。斎藤は無言で手ぬぐいを出し、私の頬に添えた。

「すまん」
 何故、斎藤が謝るのだろう。

「疑っている訳じゃない」
 斎藤も近藤と同じ台詞を言う。どうして、皆、私に同じことを繰り返すのだろう。

 楽しいことばかりであればいいのに、どうして私は依頼人の少女のことを思い出すのも胸が苦しくなるのだろう。芹沢のことも、そうだ。

「悪い。みっともないところを見せた」
 私は手ぬぐいで顔を拭い、顔をあげて笑う。まったく、愚痴なんか零して、私は馬鹿みたいじゃないか。

「葉桜」
「さぁて、こいつらどうするんだっけ。斎藤さん?」
 有無を言わせぬ笑顔で私が問いかけると、ほんの少しだけ斎藤は微笑んだようだった。



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