幕末恋風記[公開順]

□(文久三年葉月) 02章 - 02.3.1#無防備
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 私が依頼人である少女とかわした「約束」を話せないことは、依頼されたあの日にわかっていた。それがおそらく未来に関わることだからと気づくのに、時間は掛からなかった。憶えていたところで話せないなら、私は自力で何とかするしかない。そう、わかってはいたんだけれど。

「あれ、沖田と、土方さん?」
 近藤に二人で話したいと言ったら、じゃあ後で局長室に来てくれと言われたから私は来たのに、そこには土方と沖田が寛いでいた。二人は私が来たと言うことに驚いて起き上がり、近藤と私を交互に見つめる。沖田も土方も私もお互いに不思議そうな顔をしている中、近藤だけが楽しそうに嗤っている。

「……近藤さん、嵌めました?」
「だって二人で話したら、葉桜君ははぐらかすつもりでしょ?」
 その通りですけどね、よりによってこの二人の前でなんて、私は余計に話せません。踵を返して戻ろうとすると、私は近藤に言葉で引き戻された。

「局長が脅すのもどうかと思いますけどね」
「葉桜君が素直に残ってくれれば問題ない話でしょ」
 にこにこと人の良さそうな笑顔の裏側で、近藤は一体何を企んでいるのやら。私は仕方なく局長室に戻り、後ろ手に障子を閉める。

「で、芹沢に関することって? あの人今度はなにやらかしたんです?」
 障子を閉めた位置から、私は動かずに座る。

「あはは、あの芹沢さんを呼び捨てですか。流石、葉桜さんですね」
 面白そうに沖田は事の成り行きを笑って傍観しているが、土方は渋い顔をして近藤を睨みつけている。対する近藤はにこにこと私を見つめたまま、言った。

「そっちじゃないよ。今日はどうせなら芹沢さんと君の関係を知りたくて」
 一瞬、私の思考が停止した。

 私と芹沢の関係なんて。

「どうしてそんなことを?」
 近藤は私に依頼人の少女との「約束」の話を聞きたかったんじゃないのか。聞かれても私には答えられないけれど、少なくともこんな話は予定外だ。それより、どうして近藤がそれを気にするのか、土方と沖田も黙ってないで止めてほしい。

「あ、僕もそれ知りたいです。葉桜さん、芹沢さんと殺り合ったコトあるんでしょう? その話とか」
「おい総司」
「近藤さんの後で良いから、教えてくださいねっ」
 沖田にね!と可愛らしく念を押されても、私は余計にそれを教えたくないし、思い出したくもない。しかし、目の前で近藤は私の答えを待っている。ここにきた最初にも、私はそんな話をされたような気がするし、何度か遠回しにも、直接的にも問われている。

「言いませんでしたっけ? 旅の途中の旅籠で会ったんですよ」
「それじゃないよ」
 近藤はまだ疑っているのか。

「それだけです。じゃ、話はこれで終わりですね」
 私は立ちあがったところで、誰かに腕を強く掴まれた。沖田は見た目も行動も子供なのに、剣の腕や腕力はしっかり一人前なんで困る。

「まだですよ。芹沢さんとの勝負の話」
「それもまた後でね」
 私があやすように言っても、沖田が私を掴む腕の力は緩まない。それどころか私は沖田に引き寄せられて、危うく保つ均衡が破れそうだ。

「いいかげんにしなさいよ、沖田」
「嫌です」
 私は更に強く引かれて、そのまま沖田に倒れ込む。幸いどこにもぶつけなかったから良かったモノの。

「沖田っ」
 私を大切そうに抱きしめる沖田に近藤は苦笑いし、土方までもが憐れみの視線を向けている。二人とも沖田を止める気はないようだ。

「完全に懐かれたね、葉桜君」
「こうなると総司は頑固だからな」
 近藤も土方も、頑張れ、じゃない。私はそんな応援いらない。

 ぐいぐいと沖田の腕を退かそうとしている私に対し、沖田は全く平然としていて、なんだか私は悔しい。そんなことを私が思っているとは考えもしない男達は、勝手なことを言い始める。

「近藤さん、彼女も仲間にいれませんか!?」
「うーん」
「僕は葉桜さんと芹沢さんの勝負も見てみたいなぁ」
 もうちょっとで沖田の腕は外れそうだ、と私は腕一杯に力を込める。

「総司、これは遊びじゃねぇんだぞ」
「それにまだはっきり決めた訳じゃないしねぇ」
「えー」
 やっと、抜け出せそうな隙間を作った私は、一瞬沖田の意識が私からそれたのを見計らった。

「っ抜けたー!」
 転がり、すぐに間合いを取る私を楽しそうに沖田は見る。

「意外と力はないんですねぇ、葉桜さん」
「沖田が馬鹿力なんでしょうが。わかってるなら私に余計な体力使わせないでよ、もう」
 沖田が私を捉まえにこないと確認できてはいないが、私は軽く構えたまま、肩で大きく息をし、パタパタと右手で団扇を仰ぐ。それから私は自分の小袖をゆらし、着物内に風を通した。涼しさに、一瞬、私の目も細まる。

 ふと気がつけば、近藤がにやにやと評したい笑顔で私を見ていて、土方は眉間に皺を寄せて両目を閉じていて、沖田は私の首元を見ながらほんのりと頬を赤らめている。

「葉桜さんって」
「ん?」
「無防備ですよね」
「そう?」
 そういえば、この部屋に入ってから私は気を張っていない気がする。思い当たることといえば、ひとつ。

「葉桜さん?」
「沖田、それは多分ここが一番屯所内で安全だからじゃない?」
 だって、近藤も土方も沖田も並の剣士じゃない、大抵のヤツなら剣を抜かせることもできるかどうかというほどの剣客だ。私はいくら依頼と言われていても、普段ほど気を張り詰めている必要がない。

「でもこれはマズイね」
 私は芹沢のように、ここに来ている目的を忘れるわけにはいかないのだから。どれだけ私がこの中では弱くたって、守りに来たことに代わりはないのだから、一時だって気を抜いちゃいけないのだから。

 急に苦笑した私を、三人は不思議そうに見つめている。

「近藤さん、もう話は終わり?」
「え、あ」
「じゃあこれで失礼しますね」
「ええ、葉桜さんっ」
 今度は沖田に手を捕られないように私は交わしつつ、障子を抜ける。

「じゃ、おやすみなさいっ」
「お、おやすみ……?」
 そうして不思議そうな男達を残して、私は廊下を走った。目指すは道場だ。
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