幕末恋風記[公開順]

□(元治元年文月) 04章 - 04.4.1#高札
1ページ/3ページ

(永倉視点)



 新選組の葉桜と言えば、男にも引けをとらない女丈夫というので有名だ。屯所の外では男に間違われることも多いが、屯所内の男所帯ではどう贔屓目に見ても女に見える。懸想している隊士も多いと俺は聞いている。

「ふぅ……」
 だから悩ましげに屯所内の井戸端に座ってため息を吐く葉桜の姿は、普段の男勝りでがさつな様子は影を潜めて見えて、とても魅力的らしい。だが、誰が何を問いかけようとも、葉桜は相手を酷く哀しい目で見つめた後、「一人にしてくれ」と拒絶するのだ。誰が言ってもその様子で、だけれど屯所を出ようとすれば呼びとめられ、行き先を聞いた後でまたため息を吐いて送り出す。

 これでは気にならない方がおかしいだろう。

 だが、周囲のそんな空気に気がつくことはなく、また葉桜はため息をつくのだった。

「良い天気だな」
「あ、ああ、永倉か」
 隣に座った俺が言うのに顔を上げた葉桜は、力無い笑いを返してくる。驚かない辺り、俺がきたことには気がついていたのだろう。

 ある意味で葉桜が一番気を使わず、からかいの対象としていないことも実証されていて、おそらくは俺が一番気さくな友人の地位を確立しつつある。俺と葉桜はお互いにお互いのことを干渉しない。一歩引いた男女の差違を感じない俺らの関係は、あの芹沢さんが死んだ翌日以降崩れることがない。

「……山南さんか?」
「は? いや、違うよ。全然別」
 はっきりきっぱり、今度はしっかりと言い切ってから、葉桜はまたため息を吐いた。俺にはどう考えても様子がおかしく見える。

「悩みがあるんなら聞くぜ?」
 性質としては同等の俺らだからこそ、お互いに言い合えることもある。葉桜が悩んでいる姿を左之や平助、桜庭や山崎あたりならば恋煩いとでも称しそうだが、俺から見ればそれは全然別物だ。俺のさっきの問いかけはといえば、先日総司から聞いた事柄があったからだしであるし、俺自身も今の問い掛けが原因とは爪の先程も思っていない。

 葉桜は少し俺を見つめた後、永倉ならいいか、と外へと促す。話す気になったのを断るわけもなく、俺も葉桜に続いて屯所を出た。

 俺の先を歩く葉桜の足取りは、屯所内とは一変して軽やかだ。行く先々でかけられる声に軽く返し、馴染みと思われる茶屋まで来る。

「まあ、葉桜様」
「だから、様、は……まあいいや。団子二本」
 葉桜は女中が自分につけた敬称に苦笑しつつ、注文し、それを受け取った後でまた歩きだした。

「おい、どこまで行くんだよ」
 行き先が見えないだけに、俺が問いかけると団子の串を一本手にした葉桜が俺を顧みて、口の両端を上げて明るく微笑む。一瞬だけ、そこに女の色が見えた気がして、仲間と思っているはずの俺も動揺した。

「河原」
 だが、葉桜から返されたのはそんな一言だけで、俺は軽い落胆を引きずりながら葉桜を追いかけた。



.
次へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ