「灯籠流し」
□灯籠流し2
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夕食後、庵に呼ばれて部屋へ行くと辰巳と二人が待っていた。
庵が何か細長い箱を差し出す。
促されるので開けてみると、中には煙管が入っていた。
それと添えられているのは煙草の葉。
眉を顰め、つっかえす。
「何でこんな真似をする」
「気に入らないか?」
「ああ、気に入らないねっ」
強く睨みつけると、二人が意外そうな顔をした。
ふつうはここで機嫌が悪くなると思うのだが、二人の反応はよくわからない。
「私はまったくの余所者だ。
そこまでしてもらう理由もない」
「くくく、理由がなくちゃ駄目なのか?」
苦笑しながらの辰巳を睨みつける。
「衣食住を用意してもらった。
それ以上の施しを受けるつもりはない」
「しかし、用意した衣を身につけているところはみたことがないが」
「あんな動きにくいモノを着ていられるか」
おこうから一時的に着付けられることはあっても、すぐに元の服へと戻る。
だから、おこう以外がその姿を見ることはない。
「心配するのは勝手だがな、私は何も返せない」
おこうの手伝いぐらいは出来るが、おいそれと町中を出歩くわけにも行かないので、彼らの仕事を手伝うことも出来ない。
武術以外のたいした取り柄もないのに、何かが出来るわけもない。
「庵さんの言うとおり、私はあまり強く帰りたいとは願ってない。
だけど、あの人を、おかあさんを一人にしておくわけにはいかないんだ。
達海兄ぃがそばにいてくれるだろうけど、それじゃ駄目なんだ」
脳裏に声が響く。
あれは道場へ迎えに来てくれた父と夕暮れの道を歩いていたときだ。
「おとうさんっ、きょうね、きょうね、しはんだいにかったんだよっ」
「へぇ?
有栖は強いなぁ」
「でもね、てかげんしてくれたみたいなの。
くやしいからね、もっともっとつよくなって、ぜったいにじつりょくでかってやるんだっ」
「はははっ、威勢がいいのはいいけど、無茶は駄目だよ」
「そのためにれんしゅするもんっ」
「その調子でお母さんも守ってくれよ」
「うんっ」
幼い子供との約束。
父は、私の誇りだった。
目を閉じると共に思い出をしまい、もう一度目を開く。
「私が守るって、約束したんだ」
目の前にいなければ、同じ世界にいなければ守れない。
それを焦ることがないのは近くに心強い味方がいるとわかっているからだ。
「焦ってもすぐに帰れる訳じゃない。
だから、素直に世話になってるが、そんなものをもらう理由なんかないはずだ」
これで話は終わりだとばかりに立ち上がり、部屋を出る。
そのまま花柳館へと戻り、裏庭の井戸まで来てから足を止めた。
ズキズキと頭痛がする。
ここに来てから、帰りたいと強く想うほどにそれは強くなるので、あまり考えないようにしていた。
向こうには達海がいるから大丈夫だ、と何度も言い聞かせた。
灯籠流しで達海と別れてからの記憶はあやふやで、なぜあんな場所で目を覚ましたのかもわからない。
だけど、直前の感じたことのない痛みを考えると、ひとつの可能性を考える。
それは、元の世界で自分がすでに死んでいるのかもしれないということだ。
だったら今ここにいる自分はなんなのか。
「くっだらねぇ」
思わず口をついていた自分がさらに馬鹿馬鹿しく思えて、井戸を軽く蹴りつけていた。
元の場所のことを考えるとズキズキと頭痛がする。
だからなんだというのだ。
「くっそっ、うるっせぇよっ。
わかったよ、やめりゃぁいいんだろ。
あのときのことなんか思いださなくったっていいんだよ。
ただ…おかあさんが悲しまなけりゃ、なんだっていいんだ」
父の葬式でみた母の背中は、いつもよりもさらに小さく見えた。
だけど、私はあの人の泣き顔をみたことがないんだ。
「…おかあさん…」
どうか、娘のことを気に病まないで。
どうか、幸せに。
頭に何かが載せられて、ほんの少し影が出来る。
「意地はらねぇで受けとりゃいいのによ」
それはさっき断った細長い箱だ。
中身は同じだろう。
少し迷った後で井戸の端に寄りかかって箱を開け、中から取りだした煙管に葉煙草を詰めて、ライターで火を点けた。
口をつけ、離し、煙を吐き出す。
細く、空へと昇ってゆく煙を眺める。
「…が好きなのか?」
「ん?」
煙管を手にしたまま振り返る。
こちらをみていた辰巳は何故か視線を外していた。
前にもこんなことがあった気がする。
「っとに無意識か?
計算してんじゃねぇのかよ」
何を言っているのかわからないので無視を決め込み、もう一度煙管を口にする。
口から離したとたんに手首を捕まれる。
そのまま少し屈んだ辰巳はそのまま煙管に口をつけ、煙を吐き出した。
「まっずー…」
「だったら、吸うな」
「なんでこんなもん吸うんだ?」
話す必要のないことだ。
だが、手は押さえられたままで、離してくれる様子はない。
無言に睨みつけても効果はないようだ。
しかたなく息を吐く。