「灯籠流し」

□灯籠流し4
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 茶屋から戻るとき、素直に中村の手を借りた。
 抱き上げられ、落ちないようにその首に腕を回す。

 そんな格好で帰ったからだろうか、帰宅早々に辰巳から怒鳴られたのか。
 幸い、中村が宥めてくれたおかげでお小言からは逃げられたとはいえ。

 なんでまた辰巳の部屋とかで尋問を受けなければならないのか。

「なんで俺じゃ駄目で半次郎だといいんだよ」

 それは似すぎているから。

「俺は受け入れられないって意思表示のつもりか?」
「そうよ」

 似すぎているからと、それで片付けてきた。
 だけど、逃げられないところまできていた。

「いずれたつみ」

 ぴたりとやかましかった言葉が留まる。

「そう聞いたわ。
 だったら、いつか立つべき時が来たら、いなくなるんでしょ?
 だったら、私たちはこれ以上関わるべきじゃない」

 いずれいなくなる人に情を移してなんになる。
 いずれ別れる人に惹かれてなんになる。
 もうこれ以上、父を亡くしたときのような思いを味わいたくはない。

 だから、毅然とした態度で突っぱねなければならない。
 もうこれ以上振り回されたくない。

「なんでお前がそれを知って…誰に聞いた?
 庵か?
 先代か?」

 両肩を押さえて揺すられる。
 そうか、この間聞いた気がしたのはそういうことか。
 妙な会話だとは思ったんだ。

「…聞こえたのよ。
 今私が使ってる部屋でね、慈照さんと庵さんと辰巳が三人で話してるのを聞いたの。
 やりなおすための名前なんでしょ?
 だったら、ちゃんと大事にしてあげなきゃ」

 震えが伝わってくる。
 ぶつかってくる感情の名前はよく知っている。
 それは、恐怖、だ。

「おまえ、何者だ」
「知ってるでしょ。
 華原有栖よ」
「…なんでそんなこと知ってやがんだ…っ?」

 これかと思い当たることがある。
 引越の引き金はいつも噂だった。
 母の不用意な一言でいつも家族は窮地に立たされ、変な男たちに負われるようにして土地を転々とした。

 きいたこと、みたことを黙っていれば誰にも知られることはないのに、ついお節介が顔を出す。
 だからいつも逃げ続けなければならなくなったのだ。
 そして、私もわかっていても逃れられない性格らしい。

 見えないけれど、声で辺りをつけてにっと笑う。

「私が、怖い?」

 息を呑む声が聞こえて、私は息を吐く。
 母もずっとこんなことを続けていたのか。
 やめればいいのにとも思ったけど、そうできない気持ちもわかった。

 立ち上がり、風の方向を探して向かう。
 声も聞こえるし、きっとあちらが道だ。
 このままこの場にいたら息が詰まりそうだった。
 このままここにいたら、泣き出してしまいそうだった。

 喧嘩で怖がられるのは慣れてる。
 でも、こういう風に得体が知れないという恐怖をぶつけられるのは、やっぱりきつい。

「…っ有栖…っ」
「ひゃっ」

 袖を引かれ、バランスを崩して人の上に倒れ込む。
 この広く大きな胸には何度も抱かれたことは忘れようがない。

「なにすんのよっ」
「怖がってんのはお前だろっ」

 バレたか。

「触れるまで気がつかなかったクセに」
「気づいてたに決まってんだろ。
 俺様をなめてんじゃねぇよ」
「なんでって思ってるんでしょ?
 顔に書いてあるわよ」
「見えてねぇんだろ」
「見なくたってわかるわよ、筋肉馬鹿の単細胞っ」
「〜〜〜っ、くそっ」

 どうしてそうしたのかわからない。
 だけど、どうしたいかは自分の身体の方が正直だった。
 両手を首に回して抱きつき、肩に顔を埋める。

「あ、ずりぃぞ、てめぇっ」
「うるさいっ!
 ちょっとぐらい黙ってろっ」

 何度も何度も引き返したし、はねのけた。
 だから、今度も大丈夫のはずだった。

「おい、有栖?」

 今はまだ過去と帰るべき場所しか見えない。
 だけど、もしも未来がわかれば、止められたかもしれない。
 あの場所へ戻れれば、還れるかもしれない。
 でも、それはもう別の未来。
 辰巳たちとは会えない。

「自分がこんなにあきらめが悪いとは思わなかったわ。
 全部受け入れたつもりだったのに」

 あちらの世界の自分は死にかけている。
 でも、せめてお別れぐらいはしたいから。

「辰巳」

 一瞬だけ唇を重ね合わせ、同時に笑う。

「やられっぱなしじゃないわ。
 決着をつけたらまた、戻ってくるから。
 足手まといでも連れて行ってね」

 一瞬驚いた辰巳の顔が見えたような気がした。

 戻った光の世界で白い天井が見えて、泣いている母の声と達海の気配に涙が溢れてくる。
 帰ってこれた。

「…おかー…さん…」

 驚いて振り返った母に微笑み、その後で支えてくれた人にも声をかける。

「…達海…兄ぃも…」

 身体は全然動かせないけど、喜んでくれる二人に昔みたいに笑いかけた。



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