幕末恋風記[追加分]

□(元治元年文月) 04章 - 04.3.2#困ったときは…
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(葉桜視点)



 私は自分の部屋の隅で両膝を抱えて、小さく踞っていた。両目から溢れるものが止まらなくて、今は誰とも会いたくなかったのだ。

 ついさっきまで私は山南の部屋にいた。看病している鈴花が不在だったので、ただの一度だけ魘されている山南の額の手拭いを替えてきたのだ。その様子を見てくるだけでいいと、私は言葉を交わすつもりもなかった。

 横になって眠っている姿をずっと見ると、様々のことが思い起こされてしまうから、心が辛くなるから、顔を見たらすぐに出ていくつもりだったのに。

 約束という言葉なんかもう私の中では関係がなくて。ただあの優しい人に生きて欲しいから、私は山南を生かす術が欲しいのだ。約束なんかじゃなく、私自身の意思で生きて欲しいと、願ったから。

「ここにいてほしい」
 山南のそばにいたい、と願いたくなってしまう自分を偽ることが難しい。

 ずっと一緒にいられるコトなんて、あり得ないって私はわかっているのに。十分すぎるぐらい分かっているのに、どうして私は何度も願ってしまうのだろう。

 もしも山南の未来が変わったとしても、もしもこの先山南が生きていたとしても、私の約束も役目も終わらない。約束を果たすまで、何も終わらない。だが、約束を果たしたその先の自分がどうなっているのか、今は想像もつかない。

 不安定な情勢を生き抜いたとしても、もう一つの役目があるから、自分がどうなるかわからない。

「私の手の届く処にいてほしい」
 そんなこと、私だって願っている。ここは心地よくて、山南の隣は取り分け、気持ちが良くて。他の誰とも違う風で、心を守られている気がするからだ。

 私にそんな資格はないとわかっていても、そんなことを言われたら願いたくなってしまう。

 共にいる未来を、夢見たくなってしまう。

 ぎゅっと自分で自分を抱きしめて、それから私は涙を拭って立ち上がった。このまま井戸へ行って、顔を洗って。そうしたら、もう笑顔に戻らなければ。さっきの山南は私がいたことを夢と思っているかもしれない。だったら、あれはなかったことにしてしまった方が良い。夢現の願いならば、今はまだ叶わないままの方が良い。

 そうしなければ、今度こそ私自身が為すべきコトを迷ってしまうから。





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