幕末恋風記[追加分]

□元治元年文月 04章 - 04.5.1#剣術遊び
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 高い空を仰ぐ。そうしているだけで、世界はとても平和で、世の中の諍いなんてものは夢の中だけの出来事に思えてくる。だけど、現実と夢ってのは大抵正反対な場所にあって、どうにもならない。

「新選組の葉桜だな?」
「人違いでーす」
 私は否定しているのに斬りかかってきた相手の剣を避け、ついでに軽く足をひっかけてやる。こういう輩と私が出会うのは既に日常茶飯事となりつつある。

「何故、貴様は我らを殺さぬっ」
「剣がもったいないからとでも言ってほしい? それとも、その価値もないと言ってほしいの?」
「き、貴様ぁーっ!」
「我らを殺ささなかったコト、あの世で後悔するがいいっ!」
 一斉にかかってくる相手に向かって、私は剣を抜きざまに一閃する。流派は忘れたがこの居合の一刀目を食らったことのあるヤツらはこれにかからず、一歩手前で踏みとどまる。だが、流れは止まる。

「お前らにだって大切に想ってくれる者の一人や二人いるだろう。おまえらはどうなったって構わないけどな、私は女子供が泣くのは許せない質なんだよ。せっかく助かった命ぐらい、大切にしたらどうだ?」
 忠告を聞かずに向かってくる相手に対して、私はただ一度地を蹴り、次には囲みを突破する。まだだ、と私は振り向きざまに懐から懐剣を取り出し、一間向こうへ投げ放つ。向かってこようとした相手の腕に突き刺さり、相手が崩れたのが見えた後はもういつも混戦で。

 しばらくして、倒れ呻く男たちを前に、私は剣を収めて、汗を拭った。

「腕は上がったようだが、まだまだだな」
「……ぅ……」
「それに、おまえらは何度言えばわかる。力で世界は変えられないと。力で私は倒せぬと」
「……何故、殺さぬ……」
「あいにくとね、私は沖田のように死にたがっているヤツに引導を渡してやるほど親切じゃあないんだ」
 ひらひらと手を振って去ってゆく私の後を追ってくる者はない。怪我が癒えたら、また彼らは私に挑んで来るのだろう。

 何度こんなコトがあったかしれないが、私は自分自身の主義を変えるつもりはない。

 他の新選組隊士ならば、今のようなことがあれば斬り殺すことも厭わないものだろう。だが、私は新選組隊士である前に、葉桜、だ。ずっとこうして生きてきたし、奪わないために己を鍛え続けているのだ。

「葉桜くん」
「出てきても構わなかったのにね、井上さん」
 通り過ぎようとした壁から掛けられた声に、私はくすりと笑いながら返す。井上はいつもと変わらない表情で私を見て、少しの間を置いてから小さく笑って返してきた。

「俺が出て行っても邪魔なだけじゃないか?」
「はははっ」
 私の隣を並んで歩く井上の姿は、普段通りで変わりない。だからこそ、私は不審だと考える。

「土方に報告する?」
「いいや、不要だろう。近藤くんたちも気が付いているはずさ」
 近藤はちゃらちゃらしているがあれで意外と目聡いし、もちろん土方も私の不信な行動に気が付いているだろう。それに山崎も気が付いているから、私に女装させようとするのだろう。

「じゃあどうして好きにさせてくれるんだろうな。皆、私に甘すぎるんじゃないか?」
「……もしもそれが新選組にとって不利益となるというのなら、土方くんは処断するだろうな。だけど、葉桜くんは違うだろう?」
 何故、という私の問いかけは井上に先に封じられた。

「葉桜くんは新選組にとって、というより、俺たちにとって不利になることはしないよ。矛先をすべて自分に向けさせ、すべてを引き受けて」
 井上の足が止まるのに合わせ、私も足を止めて、彼を見る。私に井上が、そして近藤や土方が言いたいことはわかっているつもりだ。

「そこまでして守らなければならないほど、俺たちは頼りないかい?」
 私はその問い掛けの答えが違うわかっているから、首を振る。

「じゃあ、何故」
「強いから、だよ」
 仕事柄、私は様々な者を見てきた。だからこそわかることがある。力の強さで勝負が決まるワケじゃないし、どれだけの力があっても抗えない波のようなものが必ず存在する。そうして、世界は均衡を保っているのだ。

「どういうことだい?」
 笑わずに真剣に問いかけてくれる井上には悪いが、それに関して私は何の答えも返せない。

「新選組の敵はとても強大だから、私はそいつとやりあいたいだけさ」
「……葉桜くん?」
「今の新選組に私の守りなんて不要だろう。精々今の間に好きにやらせてもらうさ」
 言い終えてから、私は再び歩き出す。私は自分のやろうとしていることに理解を求めようとは思わない。今までだって、たった一人で歩んできた道だから、 今更誰かと共に歩む道を求めようだなんて思っちゃいないんだ。それは私が望んではいけない願いなのだから。

「井上さん、今日の夕餉って何かな?」
 少し進んで顧みる私を、井上は少し哀しそうに見つめていた。返す言葉がないから、私はただ、ゆったりと微笑んだ。




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