幕末恋風記[追加分]
□元治元年葉月 05章 - 05.3.3#つきあってやろうか?
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新選組の稽古というのは木刀を使って行う、完全実戦主義だ。真剣でないとなどという私を除き、たいていの隊士は軽い気持ちで稽古に臨むことがない。もちろん、幹部であっても例外でなく、軽口を叩いていても常に緊張はしている。
だが、軽口の内容が色恋であることなど今までになく、私は戸惑いながら、相手のーー原田の剣を受け流す。
確かに私は昨日とかに原田を焚きつけた。だからといって、なんで私が稽古しながら原田の惚気を聞かなきゃならないんだろう。
「なあ、原田?」
「なんだ?」
夕餉直後の人気のない道場で、気持ち悪いぐらい機嫌の良い原田の木刀を受けながら、私は仕方なしに問いかける。
「それって、こうやって稽古しながらする話じゃないと思う」
「ああ? 別にいいじゃねぇか。テメエはマジに稽古する気ねーだろ」
「本気だしていいの?」
「おう」
私は一度床を蹴り、間合いを取り、両手で中段に構えていた姿から、右手だけに木刀を握り、両腕をだらりと下げる。この構えはやる気がなさそうに見えるだろうが、私の目だけはギラギラしていると沖田に言われたことがあった。そのつもりはまったくないのだが、私自身が強い者を相手にするときにワクワクしているのは本当だから、納得せざるを得ない。
「じゃあ、遠慮無く」
「お、おうっ」
多少怯み気味の原田をくすりと笑い、私は常のようには上に飛ばず、真っ直ぐ床を蹴った。真っ直ぐに突進した私の木刀を、原田もしっかりと受ける。鍔迫り合いは得意じゃないが、本気を出して良いのなら遠慮せずに使える技もある。
にやりと笑った私の口元だけが見えたのか、わずかに原田に隙が出来る。
「ハァッ!」
私と原田は一瞬の後に離れ、次の瞬間には高めの木霊が道場内に響き渡っていた。
「……ほぅ、寸前に防いだか」
「てっめ、マジ容赦ねぇな」
「本気でやって良いといいったじゃないか」
「寸止めにする気もなかったろ」
「本気だからな」
「っ」
「これで少しは目が覚めたか、色ボケ男」
得物を収めた私を見て、原田もほっとした顔で腕をおろす。どうやら、原田の惚気もようやく治まりそうだ。
「目が覚めたかじゃねーだろっ! それに誰が色ボケだっ」
自覚がないのが一番タチが悪いとはよく言ったものだ。どうすりゃ、原田の目が覚めるだろうか。私は別にこんな惚気が聞きたくて、手助けしたワケじゃないんだが。
「ところで、肝心なこときいてないよ」
「ちっ、興が削がれた。もうやめだ」
逃げだそうとする原田の肩に手をかけ、私は耳元でそっと囁く。
「結局、告白したの?」
舌打ちが返されてきて、私はやっぱりと思う。思ったから、行動で示してみた。原田にしなだれるかかるように肩から腕を回した後で、私はぐっと力を込めて締め上げる。
「こーらーっ!」
「ぐぇっ、だ、誰も告白してねーとは……っ」
「へー、そう」
私がぱっと腕を離すと、原田は大げさに首をさすっているが、そこまで力を入れたつもりはない。
「じゃあ、返事はもちろん」
「……振られたよ」
「ふーん。……え?」
「好きな男がいるんだとよ。ったく、なんでてめーにこんなことっ」
そんなはずはないだろうと、私は眉を潜める。だって、彼女は原田にとても感謝してて、それで礼が言いたいって言ってたわけで。
「だいたい、おめえが紛らわしいカッコしてっからワリぃんだよっ」
「はぁ?」
原田ががっと私の衿を掴む。
「非番の時ぐらい、女のカッコしてりゃいいだろっ」
「……そんなの今、関係」
「あんだよっ」
「っ」
襟元を強く締め上げられて、苦しいのは私のハズなのに、そうしている原田の方がひどく苦しい顔をしている。
「は、らだ……?」
「お前が女のカッコしてりゃ、こんな、こんな……っ」
だが、次第にゆるゆると力が緩められ、ついには外された襟元を直すのも忘れて、私は原田の頬に手を伸ばす。これはどうやら、まさかの事態らしい。
「……まさか、あの子、私が好きだなんて、言ったの?」
「たしかにおまえは強いし、男前かもしれねーけどよ、なんで俺が……っ」
私は決して女姿にならないというわけではないが、その姿の時と今の男姿の時を同じとみる人は少ない。それに女の時は絡まれる専門だが、男姿の時は絡まれているのを助ける側だというのも事実で、女だと言っても言い寄ってくる者はいる。しかし、それがこんな形で影響するなんて、誰も思わないじゃないか。
「今度こそ、本気だったんだ。本気で、俺は……っ」
私だって、仲間の、原田の幸せを思っての行動だったのだ。謝罪の想いとともに、私は原田の体を引き寄せ、抱きしめる。
「……ごめん」
今はただ謝罪以外の言葉が私には浮かばなくて。
「……ごめんなさい」
謝ってどうにかなるわけもないけど、ただそれ以外どうしたらいいのかわからなくて。強く抱きしめるぐらいしか、私には慰める方法もわからなくて。
そうして、しばらくしてから、カタンと道場の戸口で音がした。
「何してるのかな、お二人さん」
二人だけだった道場に入ってきたのは、近藤だった。
「げ、近藤さんっ」
「何って……あっ」
慌てて原田と二人で離れる間に近藤が近づいてきて、私の手をとってそのまま歩き出す。
「はい、離れてー」
「近藤さん、これはですね」
「ったく、無自覚ってのは一番困るよ。ねぇ、原田君?」
私が道場を出る直前に原田の方を見ると、赤くなったり青くなったりと忙しそうで頼りにならない。
「無自覚って何のことですか? 私はただ」
「理由はなんでもいいけど、気安く男に抱きついちゃ駄目だよ」
人を抱きつき魔のように言う近藤の頭を私は空いている手で叩くが、彼はまったく動じない。手も離してくれない。
「私だって、誰でもってワケじゃないし。それに、原田はただの友達ですよ」
「葉桜君はそう思ってても、ね」
私には近藤が何を言いたいのかわからない。そういう顔をしていると、立ち止まった近藤が深く息を吐いた。それから、呆れた顔で笑って、私の頬を引っ張る。
「だーかーらー、その顔をやめなさいって」
「いひゃい」
「ったくホント、自覚が無くて困るよ」
哀しそうな近藤の顔を見て、私も手を外そうと暴れるのを止める。風が二人の間を通りぬけ、入り込んでくる風で私の襟元が緩んでいることに気が付いた、近藤が片手で直してくれる。
「自覚ならちゃんとありますよ」
「どんな?」
「私は新選組隊士で、」
私は掴まれていない手で拳を作り、とん、と近藤の胸に触れた。
「あなたたちの仲間っていう自覚です」
笑いかける私に、近藤はただ乾いた笑いを返してきた。
了