幕末恋風記[追加分]

□元治元年葉月 05章 - 05.5.1#真夜中の訪問者
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(葉桜視点)



 元々の性格なのか、職業病なのか、私は弱者を放っておけない性分だ。だから、非番の時に悲鳴が聞こえると舌打ちしながらも現場へ向かってしまうのは至極自然な行動である。

「いやーっ! 離してくださいっ! 誰か助けてください!」
 嫌がる女性を囲んでいるのは二人の浪人だ。

「な〜に、お高く止まってんだ。いい思いさせてやるって言ってるじゃねぇかよぉ」
「さあっ、こっち来いよ!」
「やめてっ!!」
 私は若い娘の細腕を無理に引っ張ろうとする一人の腕を強く掴んで、捻りあげる。

「痛ぇっ!」
「嫌がってるんだから、離してやりなさいよ」
「あ〜ん……?」
 私を見た浪人らは少し呆気に取られた顔をする。その時に浪人の腕が緩んで、尻餅をついた女性も泣きそうながらも驚いた顔で私を見る。女性を庇う位置に立ち直し、私は浪人と向かい合いながら、女性に告げる。

「ほら、早く行きなさい。今度からこの手の男たちには気を付けて歩くのよ」
「は、はい」
 女性の気配が離れたのを核心してから、私は掴んでいた浪人の手を離した。端から見ると私は大して力を入れていないように見えるので、さっき大仰に騒いだ浪人に対して周囲から失笑が起こっている。

「くそっ、てめぇ何者……っ」
 にっこりと私は満面の笑顔で、浪人に笑いかけた。

「というワケで、私があの人の代わりにお相手してあげる」
 しばらく二人は惚けた顔をしていたが、すぐにそれはニヤニヤ笑いに変わる。もちろん、私はこうなるとわかっていてやっているのだから、焦りはない。

 今の私の姿は普段の男姿ではなく、例によって、山崎に着飾られた女姿である。当然、刀など差してはいない。

「てめぇ、よく見りゃ可愛い顔してんじゃねえか」
「おめぇがさっきの女の代わりに俺たちの相手しな!」
 あまりに予想された返答に、私からも呆れた笑いが零れる。

「だから相手してあげるって言ってるじゃない。さ、早くかかってきなさいよ」
 浪人が私を捕らえようとする腕を、私はわずかな体捌きのみで交わす。ニ、三度繰り返しても、浪人は私に触れることすら敵わないから、剣を持っていたとしても抜く必要はなかっただろう。

「貴様ぁ! 男をなめんのもたいがいにしとけよ!」
 なかなか捕まえられないことに痺れを切らし、浪人が刀を抜く。あーあ、と私はのんきに考え、笑う。これだから、からかうのは止められない。

「はぁーっ!」
 向けられた剣戟に対して、私は次に先ほどのように身を翻して浪人の背後にまわり、とん、と軽くその背を押した。何度も言うようだが、傍目に見て、それは威力があるように見えない。

「げふぅっ!?」
 だが、私が背中を押して倒れた男は、そのまま気絶していた。それを見下ろしたまま、私はまだ刀を構えるもう一人の浪人に問う。

「あなたもまだやる?」
「て、てめぇ〜っ!!!」
 女姿の欠点は動きにくいことだなぁと考えながら、その制限の中で戦うというのもなかなか楽しいので、私の口元には自然と笑みが浮かぶ。次はどうしてやろうかと思案していると、不意に対峙している相手の後ろから軽い声をかけられ、不覚にも驚いてしまった。

「おぉっ! 奇遇じゃのう!」
「えっ? う、梅……さん?」
「こんなトコで会えるとは驚きじゃ。何しちょったぜよ?」
「何してたって。あの、見て分かりませんか?」
「なんのこらぁな?」
 飄々と応えるのは如何にも才谷らしい。だが、私はせっかくの気晴らしの邪魔をされて、気分が悪い。私と相対していた浪人も同じ気持ちなのだろう。ドスを聞かせた低い声で、才谷の注意を促す。

「おい」
「ん、相変わらず可愛いのう」
 もっともそんなことで注意が引けるようなら、普段から私だってあしらうのに苦労しない。

「おい! 無視してんじゃねぇ!!」
「いやぁ、そがあに見つめられたら照れるじゃろが」
 剣を使う姿なんて一度も見たことがないけれど、おそらく才谷は強いだろう。なにしろ、気配を感じさせずに私の目の前まで来る実力があるのだ。だが、普段のへらへらした様子から、私に才谷の実力は推し量れない。これだけ掴めない人というのも珍しい。

「おい! 聞いてんのかよ!」
「別に見つめてなんかいませんが?」
「またまたぁ」
 ふと私は違和感の正体に気が付いた。この姿で才谷に遭うのは初めてだったハズだ。大抵の者が、というか新選組の中でも所見で気が付いたのは近藤、土方、山崎ぐらいなのだ。どうして才谷には私だとわかったのだろう。

「こら! そこの田舎侍!」
 痺れを切らした浪人に対し、才谷が懐から取り出した短銃を構える様子に私は驚いた。

「何つか? おんし、さっきからうるさいぜよ」
 初めて見る才谷の気迫に、私は関心と共に興味が湧く。普段は押し隠しているが、やはり只者じゃないのは確からしい。

「あ…… う、うぅ」
「わしは今、この子と話しちゅう。いい加減、目障りやき。早う消えなわしもガマンの限界じゃ」
 気迫と短銃に急かされるように、浪人は倒れた仲間を引きずって、去ってしまった。さて、と短銃を仕舞って振り返る才谷を私は睨みつける。

「助けようとしてくれたことには礼を言いますけど、梅さんから見て私はそれほどに頼りないですか?」
「いやいやいや、違うぜよ」
 否定しているがさっきの行動はどうしたって、そういうことにしかならない。でなければ、あんな場面で普通は乱入なんてしないだろう。

「絶対ウソです」
「意固地じゃのう」
「これだけは言っておきます! あの程度なら私一人でも余裕をもって対処できました!」
「まあ、そうじゃろ」
「でも、その気遣いは嬉しかったです。ありがとうございました」
 一瞬だけ、才谷の目が丸くなる。珍しいとでも言いたげだが、助けてもらったことには違いないのだから礼を言うのは当然だろう。

「はっはっはっは! まっこと、ようできた女じゃ! おまんは強うて可愛い女やか。わしはもう、おまんにメロメロよ!」
 今度は私が目を丸くする番だった。大声あげて唐突に笑い出すなんて、才谷にはいつものことだが、それにしたっていきなり何をいいだすのか。

「本気でおまんが欲しくなっちゅう。今日からおまんは、わしの女じゃ!」
 勝手なことをいう男の足を、私は思いっきり踏みつける。

「だ・れ・が?」
「あ、あああ、足……っ! 痛いやか!!」
「誰が誰の女って? 冗談も大概にしなさいな」
 思いっきり強く踏みつけてから、私は踵を返す。これだけ目立ってしまっては、今日は情報収集どころじゃない。戻って昼寝、もとい英気を養っておいた方が万倍マシだろう。

「あっ、ちょっと待ってや!」
 私はかなり全力で走ったつもりなのだが、才谷を撒くことは出来なかった。壬生寺まで来て、息をついていたところで、背後から抱きつかれる。

「ようようつかまえちゅうよ〜」
「はぁ、はぁ……っ。な、なんで追いかけてくるんですか〜」
「逃げるからやか」
 それより、と耳元に息を吹きかけられ、私は硬直する。

「おまんはわしが嫌いか?」
 才谷の行動と言葉、その両方に凍り付く。誰がとかじゃなく、「嫌い」という言葉そのものに。

「ほきも構いやーせん。わしが葉桜さんの分も愛しちゃるから、心配ないがで」
 耳に感じる生暖かさに、思わず私は腕に力をこめていて。

「わわわっ」
 どすん、という重い音で私は我に返る。目の前には、すっかり伸びてしまっている才谷がいて。私は泣きそうな顔と荒い息ながら、才谷を抱き起こした。体術を行う時は気をつけるようにと重々言われていたのに、無意識に手加減を忘れてしまったようだ。

「ごめんなさい! 梅さん、大丈夫ですか? 生きてますかっ?」
「……葉桜さんは不思議な技を使うんやき」
「護身術として、一通り修めているんです。それより、どこか痛いところはありませんか!?」
「……それより、どうして今日はほがーにへちへちしいんなが?」
 伸ばされた手が私の頬に触れると、見る間に濡れてゆく。それで、自分が泣いていることに私はようやく気が付いた。

「きれえな姿をしよったがで、一瞬わからんかった。やけど、わしはおまんの困っちゅう人を助けて立ち向かう姿に惚れたぜよ。どがな姿をしよっても、おまんは変わらん」
 ゆっくりと起き上がった才谷は、柔らかに私を抱きしめる。

「この間の夜のこと、覚えちゅうがか?」
 囁く声に震えそうになる体を私は堪える。

 あの夜は、宮家からの迎えが私のところに来る予定だったのだ。緊急だとか言っていたけれど、今新選組を離れたら二度と戻ってこられない気がして。身構えていたところに、才谷が来て。才谷を狙う刺客まで来て。ひどく騒々しい夜だったことと、翌日稽古中に居眠りしていたら、沖田に襲われかけたことは記憶に新しい。

 いろいろな意味で忘れられなくなった夜だった。

「続きをしたちえいかね……?」
「は?」
 私の唇に才谷が唇で触れる。強く才谷に掴まれる体が、熱い気がする。

「梅……!?」
「好きちや、葉桜さん」
 そのまま押し倒されそうになり、流石に私は慌てる。続きの意味がまず、わからない。何をしようとしているかはわかるが、続きって何のだ。

「続きって何? てか、いきなり押し倒すな! こ、こらどこ触ってんだっっ」
 なんとか才谷の手を逃れ、私は間を置いて、襟元を正す。才谷が笑顔であることからして、彼が懲りている様子はない。

「ははは、ほんならいきなりでなければえいがやき?」
「え?」
「段階を踏んで口説けばえいがじゃ?」
「え、えーと」
 駄目だ。この人、話が通じてない。

「ゆっくり口説いちゃるき、楽しみにしていやー」
 おまけとばかりに、才谷は私の額に音を立てて口付けた。

「名残惜しいがしばしの別れじゃ」
 哀しそうな才谷の様子とその理由に気が付き、私は安堵して、も相好を崩した。どうやら、才谷のここに迎えが近づいているようだ。

「また遊びに来たらいい。閑なら、相手してあげるからさ」
「ああ、その時にもガンガン口説きゆう」
「頑張れ」
「つれない言葉ぜよ……」
 拗ねている才谷を私は笑う。才谷と一緒にいるのは楽しいが、口説かれるのも押し倒されるのも私の本意じゃない。私が望むのはただ、今のまま変わらないことだけだから。

 だから。

「また遊びに来なさい」
 そう笑顔で私が返すと、才谷も嬉しそうに笑った。





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