幕末恋風記[追加分]

□元治二年睦月 06章 - 06.2.2#必要です
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(山南視点)



 私がどうしてと考えるまでもない。葉桜君がここまで情緒不安定になっている原因は、間違いなく私だろうから。

 咳き込んでいる葉桜君の背中をさすりながら、私はそっと抱き寄せる。子供のように少し高めの葉桜君の体温は、私を安心させてくれるから。そして、冷たくなりつつある私の心を温めてくれたのは葉桜君だから、私は自分が目を背けてきたことに気が付いてしまった。

「私、は……っ」
「桜庭君がお茶を持ってきてくれたんだ。一緒にどうかな?」
 反応のない葉桜君の肩を強く抱いたまま、私は自分の部屋へと戻る。縁側からなかなか上がろうとしない葉桜君を抱き上げて部屋に入れ、私は葉桜君を彼女の定位置におろして襖を閉めた。

 膝が触れ合うくらい近い距離に座った私を見上げてくる葉桜君の目は何かを言いたげで、だけどそれはもう最初からずっと同じ言葉を秘めている気がする。

 葉桜君には人には言えない秘密が多すぎて。だが、その秘密を無理に言葉にさせようとしても、何かの制限があるとかで咳き込んだり、声が出なくて葉桜君は苦しそうだから、私は聞かないと決めている。

「才谷さんが本を持ってきてくれたんだ」
「っ……っ……」
「無理に話さなくていいから。ほら、お茶を飲んで、落ち着いて」
 机の上に置いておいた、覚めた湯のみを取ろうとした時、私は強く襟首に手をかけられ、葉桜君に引き寄せられた。吐息が触れあいそうなほど近くで、何かを言いたげな瞳を潤ませて、葉桜君は私がどう思うかわかっていないで、そういう行動をするから、困る。葉桜君が私に対して、その気がないということが一番困る。

「あなたが、必要、なんですっ」
 私は苦しげに喘ぐ葉桜君から目をそらさなければいけないのに、その直向きで強い視線から逃れられない。

「自分の中から目を反らさないで、自分自身から逃げないでください。私は、私の手は、きっと山南さんよりも汚れている。だけど、ね。後悔しないよ。斬ったことを後悔するぐらいなら、とっくにこの体に剣を突き立ててる!」
 葉桜君はとても強い女性だ。だが、その強さは鞘を無くした抜き身の剣で、触れれば斬り裂かれるのは目に見えている。

 しかし、問題はそういうことではなく、葉桜君の刃は常に己にも向いていて、誰よりも自分自身を傷つけているということだろう。

(ならば)
 私は葉桜君の頭を自分の胸に押しつけるように、柔らかく収める。

 葉桜君は望まないだろう。だが、ここでだけは葉桜君が己を傷つけることのないように、私がその鞘となりたいと願う。

「葉桜君はとても綺麗だよ」
 腕の中でふるふると頭が振る葉桜君の耳元で、私は口を寄せて囁く。

「私などより、よっぽど綺麗だ。君の剣を見ていると、心の中の澱んだものまで消えてゆく気がするんだ」
 葉桜君と剣を交えたことは少ないけれど、見ることは多かった。硬質で真っ直ぐながら、葉桜君の剣はしなやかで艶やかだ。それに、その気合いが一度放たれれば、辺りはさながら夏の早朝のように澄み渡る。葉桜君が剣を振るう先では、闇が祓われる気がする。

「なにをいっているんですかっ。私は山南さんほどの整った剣を見たことはありません。あの剣こそ、ここにはあるべきなんですっ」
 新選組を整える剣ならば、ここで土方君が揮っている。私がやることは、もうない。

「あります、あるんです! だから……っ」
 再び咳き込む葉桜君を抱いたまま、私は華奢な背中をさする。普段は大きく見える葉桜君の背中は、私の腕の中にある時だけはとても小さく、弱々しい。

「……諦めちゃ、嫌だ……っ」
 こんなにも慕ってくれているというのに、葉桜君は私を選ばないとわかっている。

「きみがずっとここにいてくれるなら、」
 震える葉桜君の背中を、髪を、私は何度も撫で続ける。

 ずっとこうして葉桜君に触れていたいという私の願いは、いつも彼女に届かない。それに、葉桜君が私のところに留まっていられる人ではないということだってわかっている。新選組にいるのも「約束」あってのことで、それが済んでしまえば、やはり葉桜君は去ってしまうのだろう。

「ひどい、人。わかっていて、それを言うの」
 どちらが、と私は口に出しかけて、やめた。今はただ、ここにいる葉桜君の温もりを感じていたい。言い合いをしたいんじゃないんだ。

 葉桜君は声を出さずに泣くから、顔を私の胸に押しつけてくる頭を撫でて、壊さないように抱きしめる。この私の腕の中にいる間だけでも、葉桜君が心安らかになれるようにというのは無理なのだろう。だけど、少しでも安心できるように。私は何度も、何度も葉桜君の髪を撫で続けた。





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