咒いの血
□咒いの血
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静けさの中で目が覚めて、私は最初自分がどこにいるのかわからなかった。
「…寝過ぎか、母様に怒られるな…」
「それはないでしょう」
独り言に答えた声に驚き、布団を跳ねあげて体を起こすと、激痛が肩に走った。
「ったぁーっ!」
「無茶をするからです」
笑い声で諌めてくる相手を見て、私は安堵の笑みを浮かべる。
私の布団の傍らにいたのは、新選組局長、近藤勇という男だ。
何度か会津藩邸で顔もあわせている。
「ほら、もう少し寝ていてください」
そう言って、労るように私を布団に横たわらせる力に逆らわずにいると、上掛けを引き上げてから柔らかに頭を撫でられた。
「羅刹に体を差し出すなんて、いくら貴女でも無茶ですよ」
「そうですかねぇ」
「あまり無茶をされるなら」
「あーはいはい、わかってます。
わかってますから、廊下で聞いてる奴らに説明お願いできますか」
小言を言い始めそうな近藤をいなし、私はいつもの笑顔で近藤に願った。
この男は存外に堅いところがあるので、おそらくは私が近藤から訊けと言ったと仲間に言われたところで、私が起きるまで話さずに待っていると思ったのだ。
近藤は苦笑とともに、廊下に声をかけ、入ってくるようにと促した。
続いてぞろぞろと部屋に入ってきたのは三人、廊下に五人。
「部屋、狭いですね」
「辛抱してください」
「ああ、いや、ホッとするって意味です。
広いのは道場だけで十分ですから。
いや、いっそ建屋全部道場であるほうが望ましいです」
私が笑いながら否定すると、近藤はまた柔らに微笑み、私の頭を撫でてくれた。
その心地よさに目を細めていると、苛ついた声が促してくる。
昨夜も聞いた声だ。
「さあ、近藤さん、いいかげんにそいつが何なのか教えてくれねぇか」
明け透けのないピシャリとした長髪のーー昨夜から私に疑問を投げかけている男を、私は小さく笑う。
「本当に律儀ですねぇ、近藤さんは」
どうやら本当にこちらの予想通りに近藤は何も話していないらしい。
「葉桜さん、ここにいるものは私にとって最も信のおける者たちです。
全てを明かしても良いでしょうか」
改めて近藤から問いかけられ、私は苦笑しつつ困ったふりをする。
「どーしようかな」
「葉桜さん」
私が誂おうとしていることに気がついた近藤が、軽く諌めてくる。
私は小さく肩を竦めてから、体を起こした。
すると、昨夜会った者たちが私を凝視してくる。
主に、胸元を。
自然と私も自分の胸元に目を落とし、着替えさせられていることで納得する。
昨夜は男姿でいたし、夜の闇のせいもあって、どうやら女とは気が付かれていなかったようだ。
誰が着替えさせたかは知らないが、当別妙なことをされることがないことはわかっている。
私は意識して胸元に右腕を添え、笑顔で挨拶することにした。
笑顔は大切だ。
「宇都宮藩で町道場の主をしている、葉桜と申します」
「葉桜さん」
「…僭越ながら、東照宮で影巫女の役を預かっております」
近藤に促され、しぶしぶと口にすると、驚いた顔が私を見つめている。
それから、怪訝な顔。
「巫女!?」
「これが?」
「だからって、ゆうべのは説明がつかねぇだろ」
口々に言われる暴言は聞き慣れたものだから、私は右から左に聞き流していたが、一部届いた不機嫌な声にくすりと笑ってしまう。
「そーですねぇ。
説明すると長くなるんで省きますけど、おそらくは羅刹の方々にとって、私の血は強すぎる毒に近いのではないでしょうか。
ほら、巫女って言うのは神聖なイキモノですから」
「自分でイキモノとかいっちゃうんだ」
「ははは、まー、巫女なんてのはただのタテマエで、私は生贄と変わらないかと」
変わらない調子で自分を「生贄」と言い切ると、周囲がしんと静まり返った。
気遣う様子の近藤にも笑ってみせて、私は目を閉じる。
「影巫女というのは普通の巫女ではありません。
この国の穢れーー人の生み出す業(ごう)を浄化する役目を持って、生まれてくるのです」
「身体に神の血を宿し、その力を舞うことで制する。
そう伝えられていますが、私は舞は苦手なのですよ」
「だから、私にできるのはこの身体に穢れを宿し、剣で祓うことだけなんですよね。
ほんと、役立たずで困りますよー」
私はからりと笑ってみせたが、笑いは返されず、訝しげな視線が少しいたたまれない。
「で、なんで、わざわざあんな真似をした?」
「はぁ、まあ、試したかったといいますか。
西洋の鬼の血を飲んだ人間が、私の血を飲むとどうなるのか、知りたかったといいますか」
「…何故」
説明するのって苦手なんだよなーと、私は笑いを貼りつけたままで、ため息を付いた。
「幕府から命が下りましてね。
本来なら、私に従う義理はないんですけど、様子を見にこさせていただきました。
羅刹研究をしていた雪村様がいなくなったそうですね?」
「場合によっては、私に後始末を、と。
ーー勝手をしておいて、無茶にも程があるってんですよ、まったく!
穢れをわざわざ呼びこめば何が怒るかわかりもしないで」
吐き捨てるように私が苛ついた声で愚痴ると、まあまあと近藤がなだめてくる。
「そういうわけで、しばらく葉桜さんを預かることになった」
「お世話になります」
私は居住まいを正してから神妙な顔で頭を下げたものの、すぐにへらりとした笑顔を浮かべた。
その様子を近藤以外の皆が複雑な思いで見ていた。
* * *