文
□歪んだ感情の5つのお題
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[ 逃げられると思うのか ]
哀れな天使もいたものだ。
強大な力を持て余し
行くあても無く
成すべきことも見失い
挙句の果てに死神の鎌の影に隠されて
「アヤたん、楽しい?」
「何だと、ヒュウガ」
サングラスと長身が特徴的な部下がお得意のニヤけた笑顔で首を傾げてみせる。
・・・・・・はっきり言って不気味だ。
「えー、自覚ないの?さっきからずっと顔がにやけてる」
「ヒュウガ少佐、そんな嘘ついたらまたお仕置きされますよ」
そんなヒュウガをコナツは呆れ顔でため息をついて自分直属の上官をたしなめた。
コナツの言うことは確かに正しい。
私が感情を表情に出すことは稀だ。
むしろ感情の起伏自体がフラットに近い。
だから先ほどまでも自分の表情に何らかの感情が反映されていて、それを他者が悟るなど考えられない。
「嘘じゃないって。オレはアヤたんの気持ちならお見通しだよー。なんたって、ながーい付き合いだし」
ヒュウガとは確かに士官学校からの付き合いで、奴が自分の数少ない理解者であることは認める。
・・・・・・しかしどうにも言い方が気持ち悪い。
「・・・・・・ヒュウガ。明日は燃えるゴミの収集日だったな」
「アヤたん、オレは生だけどゴミじゃないよ〜」
「アヤナミ様の気持ちがお見通しならどうしてそんなに神経逆撫でする言動ばっかりするんですか」
「うーん、愛故に?」
「コナツ、やれ」
「はいv」
「や、ちょっ、どーして冗談が通じないのこの職場―――――!!ぎゃーーー!!せめて他の生ゴミとは区別してぇぇぇ!!」
優秀だが騒々しい部下が優秀なベグライターに半透明ゴミ袋に詰められゴミ集積所に連行されたのをしかと見届け、静けさを取り戻した執務室で先ほどまで考えていたことを思い出した。
そう、
テイト=クライン。
元帝国軍士官学校のトップの生徒で、自分のベグライターになるはずだった・・・・・・
ミカエルの瞳の持ち主。
確かにその能力はミカエルの瞳を抜きにしてもあのミロク様の教え子だけあって群を抜いている。
しかしまだまだ子供。
精神的な未熟さ故に力にムラがあるし、ミカエルの瞳の力も制御しきれていない。
「私のものになれば十分にその翼を広げられるというのに・・・・・・」
籠の中から飛び出したその天使は何の因果か今は【死神】の鎌の影に隠れているという。
全く以って嘆かわしい。
が。
「悪くない」
あの、美しい顔が絶望に染まるのを
あの、美しい瞳に涙が滲むのを
あの、美しい体を赤く彩るのを
想像するだけで心がざわめく。
ああ、そうか。
ヒュウガはこのざわついた心を【楽しい】と感じ取ったのか。
視線を執務室の窓の外に向ければ鼠色の曇天。
今にも泣き出しそうな空に浮かぶ要塞(ココ)から遠い地上にいる堕ちた天使の姿は見えない。
けれど。
「お前は私から逃げることなどできない」
虚空に手を伸ばし、空を掴む。
「お前の翼は私の傍で戦場を駆けるためにあるのだから」
―手の中には、あるはずのない血濡れの羽根―
「お前の髪の先から爪先まで羽根の一枚に至るまで全て、総て私のものだ」
ああ、そうだ。
私は今、テイトのことを考えているこの時間がとても楽しい。
―昏い外を映した窓が鏡のように、狂喜を孕んだ己の顔を薄く浮かび上がらせた。
FIN.