オリジナル

□三作目一話
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虎太郎が机に向かって鬼のように出された英語の宿題と格闘しているとごんごんと、壁が叩かれる。

その壁の前にはベッドが置いてあるだけ。
壁を挟んで反対側は隣の家。
つまりはお隣さんが住んでいる部屋とを隔てる壁になっている。
その壁が叩かれたのだ。


部屋の間取りとしてはその壁の前にはベッドだけ。
対角に勉強机や本棚、そして作り付けのクローゼット。
隣の家は対称の作りだから、隣の部屋は隔てる壁の反対側に作り付けのクローゼットがある構造になっていた。



からからっとベランダの開く音に、虎太郎はペンを机に放り投げ教科書を閉じる。
椅子から慌てて立ち上がったものだから、コケそうになったが何とか体勢を立て直し、ベランダのガラス戸を開けた。





「こた?いる?」


低く柔らかい声が風に乗る。


「龍ちゃん!いるよ」

こた、と呼ばれた虎太郎は変声期を終えきらない不安定な声で、返事をした。


ベランダに置いてあるサンダルを引っ掛け、声のしたお隣さんとの境になっている簡易の壁に身を寄せた。
集合住宅のため有事の際に隣の家に避難できるように、ベランダの壁は簡単な作りになっている。



そこから先に顔を出していたのは。
壁を叩いた主、虎太郎の幼馴染の龍之介だ。


物心付いた時にはもう龍之介は虎太郎の傍にいた。


そもそも両家が隣同士に引っ越してきた時期が近かったらしい。
夫婦同士の年齢も近かったため意気投合。
合わせたように(実際もしかしたら合わせたのかもしれない)子供を授かり、そして合わせたように虎と龍を使った古風な名前を付けられ、2人は一緒に仲良く育ってきた。

高校一年生になった今でも、一番の親友だと少なくとも虎太郎は思っている。



『龍虎』

調べてみると、力が伯仲し、優れている二者の喩え
とある。


両親達の期待は、二人仲良く切磋琢磨し成長していく事だったのだろう。
けれど虎太郎はその期待を大きく裏切ってしまった。




優れている者の喩え
龍之介は勉強もできる方だ。
運動だって突出している訳ではないが運動神経の良さ故、一通りなんでもこなす。
身長は180cm目前、両親に似て顔も整っているので非常におモテになる。


それに引き換え
勉強は中の中、運動はどん臭い。
容姿面は母親の血を色濃く引いたのか、やっと160cmを越えた身長に、幼い女顔。
だからと言って可愛いと形容されるものでもない。
いっそ飛びぬけて可愛ければ、某男性アイドル事務所なり、少なくとも学校のマスコットにでもなれたものを…
残念ながら地味目な雰囲気は、マスコットなど夢のまた夢だろう。
伯仲どころか、雲泥だ。


「もう、寝てた?」
「んーん、英語の宿題してた」


ああ、と言って龍之介は苦笑を浮かべた。
虎太郎と同じ学校、同じクラスの龍之介にも、当然のように同じ宿題が出ている。
その量は龍之介も知る所。


「…教えて、やろうか?」


ベランダの鉄柵に頬杖を着きながら、覗き込むように龍之介が尋ねる。
下の方に街灯が光っており、児童公園を挟んで少し離れた所には、またマンションやビルが建っていて星は見えない。


暗い空にぽかりと浮かんだ月を背にした龍之介は、けれど絵になった。

月の光に照らされ、明るい茶の髪がきらきらと、黄金に光る。
夜風がさらう。



「いいよ、大丈夫。自分で頑張る」

虎太郎がそう返せば、龍之介はそうか、とだけ応える。
ジーンズの後ろポケットから財布を取り出した龍之介はそこから千円を出すと、虎太郎に差し出した。


無言で行われた一連の動作を、虎太郎も無言で見守る。
その目はどこか淋しげであった。


「今週分」
「…わかった」


虎太郎は千円札を受け取ると四つ折にして、握り締める。


千円札を渡すために差し出された龍之介の手はそのまま伸ばされていた。
虎太郎が顔を上げると、伸ばされたその手が頬を撫でる。


「あんま、根詰め過ぎんなよ」
「うん、ありがと」


龍之介の手が離れるのが合図のように、お互い背を向け、部屋に戻る。
お互い、一度名残惜しそうに振り返るのを、やはりお互いが知らなかった。




後ろ手でガラス戸を閉め、椅子に座る。
握り締められた千円札を眺め、虎太郎は大きく息を吐いた。
諦めたように、その千円札を自分の財布の中に仕舞った。










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