オリジナル

□第三話
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こうやって淳平君とたわいもない話をしていると、俺がまともにコミュニケーション取れているのが不思議に思えてくる。
淳平君といれば、少なくとも明るいオタクにはなれるような気がしてしまう。


きっと話しかけたのは、純粋に『こいつら集団で何やってんだ?』って疑問だったのだろう。
たまたまトイレにいた俺に話しかけた。
そしたらアド交換に至ってる。
ここがおかしいんだよな。何ですぐにアド交換?
『彼女が欲しい』って直球投げた男だぞ?
それが面白かったのかな。気に入られたのかな。

それから夜には慰められて、メールのやり取りして。
そんでこんな風に外で弁当食う仲になっている訳だ。現在。

不思議すぎる関係。
だって人種も全然違うし。
オタクが珍しいのかな?いやいや会ったときはオタクだって知らないし。
普通に俺が会社との往復してたら、絶対に会わない人種。


ちらりと横目で窺えば、それに気付いた淳平君が、何?と視線で訴えてくる。
言ってもいいかな?聞いてもいいかな?

「どうして淳平君は、俺なんかと友達になってくれたの?」

淳平君は目を見開いたかと思うと、どんどんと眉と眉が近付き、間にはくっきり数本のしわ。
だから、整った顔に凄まれると、迫力がハンパないんだって。
そして更には、はぁっと大きなため息。

うわ、俺気に障るような事、言っちゃったかな?
先週は…公衆の面前だった手前『友達』って答えたけど、友達なんておこがましいんじゃ、ボケェ!!って思われてる?
どうしよ、そんなんだったら。
俺泣きそう。鼻の奥がツンっとしてきた。


「太一のそれ、口癖?」

ん?あれ?
微妙に話題が逸れた?
口癖?俺、口癖にしてるような事、言ってたかな?

俺が首を傾げると、淳平君は脇に置いておいた弁当の蓋に箸を置いて、俺に向き直った。
俺も心なし、背を伸ばして同じように箸を置く。

何を言われるんだろう?
死刑宣告を受けるみたいに、俺は不安でたまらなかった。
蔑みは慣れてる。独りも慣れてる。裏切りも慣れてる。
でも…それが悲しくないって事は、絶対ないんだ。
俺はその度に悔しい思いをして、傷付きもした。

だから、これから何を言われるのだろうと、臆病にもなる。

「メールでも時たま使ってるから、言おう言おうって思ってたんだけど…
『俺なんて』とか『俺なんか』って言うの、口癖?」

責めるような視線に、俺はどんどんと萎縮していく。
気にした事もなかったけど。
まぁきっと、よく言ってそうな単語だな、とは思った。

膝の上でぎゅっと拳を握っていた。
怖いよ、人に拒絶される事は、やっぱり怖い。
それが淳平君だから、たぶん、余計に。

「俺は、好きなモンが馬鹿にされてんのが気に食わねー」

意味が判らなくて、そろりと視線を上げる。
淳平君はそれで俺に話が通じていないと気付いたらしい。
再びのため息に、俺の肩がびくりと固まった。

淳平君の男らしい節立った指が、俺の水の張った目元を撫でていく。

「だから、お前が自分を卑下するって事は。俺の好きな太一が、馬鹿にされてるって事なんだよ」

悲しそうな顔が、美術の教科書に載ってる、どんな神様や英雄の彫刻よりも美しく見えた。
淳平君の言葉を噛み砕き、徐々に体に染み渡る度に、どんどんと心臓が血液を押し流す速度が速くなっていく。
それは体温を高めていって…頬が、熱い。


家族だってこの状態の俺を半ば諦めていたのに。
受け入れてもらう事の少なかった俺は、もう我慢が出来ないくらいに、目にいっぱいの塩水を溜めていた。


泣くな泣くな。
泣いたら普段から間抜けな顔が更に間抜けになる。
そんな顔、淳平君には見せられない。
ぎゅうっと拳を握って耐える。耐えなきゃ。

「判った?今度からその口癖禁止、な?」

首を縦に振るのが精一杯で。
だけどそのせいで、ぼたぼたって目から雫が垂れちゃった。
情けねー。情けねーよ、俺は。


受け入れてもらう事が、こんなに嬉しい事だって初めて知ったよ。

ぜーんぶ諦めてきた俺だけど。
君を諦めなくて良かった。
君と向き合えて良かった。

こんなに大切だと思える、友達が出来たのだから。

「俺も、った、大切な、淳平君が、馬鹿に、されたら、っぃやだ!」

しゃくりあげちゃって、何言ってるか判らないくらい、言ってる俺からしたって耳障りな言葉だったけど。
これだけは伝えなくちゃ。
伝えなくちゃならない。
淳平君を、大切な友達だと思っているのだから。

「ん、判れば良し!」

そう言った淳平君は笑顔で。
右手で俺の頭を撫でながら、左手で堪えているはずなのに溢れてくる水を、ぐいっと拭ってくれた。
結局情けない顔、見られてら。
でも…淳平君の手があまりにも優しいので、まあいっかって思えてくる。


「じゃあ改めて、さっきの質問の答え」

自分が質問したくせに、一瞬何の事だか判らなくて。
さっきの…って考えて、やっと『どうして友達になってくれたか』という質問の答えだと気付く。
もう気持ちがいっぱいになってて、忘れていた。

「最初は何か面白そーって、実際面白かったんだけど。
さっきも言った通り、俺は太一が好きだから友達やってんの。OK?」

そう言うのはもう理屈じゃない。
だって俺もそう。
俺も同じだ。

メールしてるうちに淳平君がいい人だって知れて、好きになっていって。
だから友達でいたい。

淳平君に拭ってもらってせっかく納まったのに、また目から塩水が出てきそう。
こういう時はさ…

笑え。
笑って言わなきゃ。


「ありがと…」

精一杯の笑顔で、あんまり使ってない表情筋だから上手く笑えてるか自分じゃ判らないけど、今出来る俺の精一杯の笑顔で、感謝を伝えた。

本当にありがとう。
友達になってくれてありがとう。

君と言う人を知らなければ、俺はこんな温かい気持ちを知らないでいたかもしれない。
君と出会えて、良かったよ。



淳平君は俺の頭を撫でていてくれた手を外し、自分の口を覆って顔を逸らした。
温かい手が離れていって、淋しいと思ったのは秘密だ。

「お前…その顔は反則だろ」

反則!?また反則切符切られた?
頑張ったけどダメだったのか。
見苦しいものを見せちゃったかな。

「ごめん、俺の顔そんなにぐしゃぐしゃで情けない?」
「そういう…意味じゃねーよ」

淳平君は、あーとかうーとか唸っていたが、諦めたのかまた俺の頭を今度はちょっと乱暴に撫で付けた。

「そう言う顔は、俺以外に見せんなよ」
「人前でそうそう泣く事なんてないって」

もうそんな情けない顔にならないようにする!!
あまり見ていて気持ちよいものじゃないんだろうし。

「そーじゃねーんだけどなー」

何やらぶつぶつ言っていたけれど、淳平君は再び箸を持ち出したので、俺も箸を取って再びお弁当に口を付けた。
心なしか更に美味しくなった気がする。

食べている間に、何だか気恥ずかしくなってきて
「桜が綺麗だな」
って言ったら
「太一の方が可愛いよ」
って返しやがった。

意味わっかんねー!!
お前は馬鹿か!!

って言おうとしたんだけど、真っ赤になって口をぱくぱく開閉する事しか出来なかった。

たぶん今度のも相当な阿呆面だったと思うけど、淳平君の前でなら、いいんだよね?










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