オリジナル

□第五話
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一週間、まともに寝られなかった。


ゲームも出来なかった。漫画も読めなかった。秋葉原にも行けなかった。

何にも考えられなくて、否一つの事しか考えられなくて、何度か仕事で失敗して叱られたり心配されたりもした。








俺が存在するに、これだけ相応しくないだろうって場所に、俺は今、立っている。
渋谷駅。
他人種が行き交う中、俺は俯いて必死に堪えていた。


今はまだ13時を少し過ぎた所。
約束の時間まで1時間をきった。

来てくれるよな?
不安で不安で溜まらなかった。
この一週間、メールは来なかった。
このまま来てくれなかったらどうしよう。
もう会えなくなったらどうしよう。
もう好きじゃないって言われたらどうしよう。
一週間ぐるぐるずーっと悩み続けた事。


家は知っているから、行けない事はないけれど。
突って玉砕した時の事を考えたら、怖くて出来ないだろう。
ずーっずーっと考え続けてるけど、俺には信じてここで待つ事しかできないんだ。

Tシャツの裾をぎゅうっと握り締める。



「…太一?」

上から名前を呼ぶ声が降ってきて、俺は勢い良く振り仰いだ。

来て…くれたんだ…
ほっとして、それだけで淳平君の顔が滲んできそうになって俺は、数度瞬きをして堪えた。
それを見た淳平君が困ったように笑っていたのだけれど。
その表情はどこか淋しげで。

淳平君にそんな顔させちゃってるのって、俺のせいなんだよな。
でも、君のためなんだよ。


「随分、早かったんだな。何時に着いてたんだ?」
「う、ん…ちょっと早く着きすぎた。でも今さっきだよ。
淳平君こそ早かったんじゃない?」

本当は家にいても落ち着かないし、人ごみに慣れておこうって覚悟の意味でも12時くらいからひたすらここで待っていた。
そうすれば淳平君が来てくれるんじゃないかって。


「洋服見に行くんだろ?行こうか」

いつも眩しいくらいに爽やかで、男らしくて。
こんな風に笑えたらなって憧れるような笑顔は、今は翳っていて、どこか淋しそうで。
苦しくなって、俺もいつも以上に上手く笑えていない。


俺、淳平君の事、傷つけちゃったよね?
それは判ってるんだけど。
それでも優しくしようとしてくれている淳平君が、すごく切ない。


でも俺はまだ、謝れない。



「淳平君ってセンスが良いから、俺に似合う服をコーディネートして欲しいんだ」
「別にそんなにセンス良くねーよ?」

淳平君はそう言うけれど、ちゃんと自分の雰囲気に合った服を着ている。
だから相乗効果ですごく映える。
自分が良く見える服を知っているんだ。
そんな淳平君に、等身大の俺が似合う服ってものをコーディネートして欲しい。


「淳平君が似合うって思ってくれたのでいいから」

淳平君は少し逡巡して、判ったと言ってくれた。
やっぱりその笑顔は、少し淋しそうだった。





淳平君に連れて来られたお店は、駅から少し歩いた所の路面店であった。
たぶん方向的には原宿との間くらい。
この辺には俺が普段だったら絶対近寄りもしないような(実際こんな道を通ったのは初めてだ)お洒落なショップが点在していた。
淳平君はいつもこう言う所で洋服買ってるのか…
俺はいつも駅ビルの中に入ってるジーンズショップとかだし。
学生の頃から着てる服もヨユーである。


すごい気後れするけど、こういうお店も淳平君には似合ってる。
びくびくおどおどしながら後ろについて回った。

店員の人もすらっと背が高くて、モデルの人みたいだ。
俺たちを不思議そうに眺めている。

そりゃそーだ。やっぱりモデルみたいな淳平君に挙動不審なキモオタがくっついていたら、友達にだって見えやしない。
そんな中、別行動なんて出来ない。
話しかけられても受け答えできる自信ないし。


「好きな色とかって、ある?」

パンツのラックを見ていた淳平君が問いかけてきた。
ホントに服なんて、いつも無難なのしか買わないから、洋服に関しては好きな色なんてものもない。
俺は首を横に振った。


俺は何も言わずに、淳平君がラックを探るのを眺めているだけだった。
やおら引っ張り出してきたのは、紺と緑がベースで比較的落ち着いた色したタータンチェックのハーフパンツであった。

「…チェック?」

無難だし、使いやすいし、って理由で結局チェックのシャツを着ている事は多々あるが、チェックのパンツと言うのは初めてだ。
ちょっとチェックを卒業できるんじゃないかと思っていたから、意外と言えば意外だった。
しかもハーフパンツだ。

「太一はちっこいんだし、童顔なんだから、そう言うのを思いっきり生かしちゃえばいいんだよ」

ちっこいって言われた!童顔って言われた!ざっくり切られた…
気にしている事を。
でも生かすってどうやって?
そんな風に考えた事もなかった。
男としての欠点だと思っていたし、それを生かすなんて、俺としては逆転の発想。
そんな事、出来るのかな?


それからトップスのコーナーに行って、選ばれたものを渡されれる。
店員さんに案内してもらって試着室へ入った。

いつもは店員さんとの会話もしたくないから、試着もしない。
似合うか似合わないかなんて気にした事はなく、着れればそれでいい。というレベルだったんだ。


淳平君が選んでくれたのはハーフパンツに、トップスは半袖のコットン地の白いシャツ。赤いステッチが襟とボタン口と袖に付いていた。
それにライトグレーのサマーニットベスト。最後にコンパクトな黒のテーラードジャケットだった。


そっと試着室のドアを開けると外には俺の履いていた靴の隣にキャメル色したハイカットの革靴が置いてあった。
きっとこれを履けって事だよね?

靴の紐をきゅっと締めると、俺の気持ちまでも引き締まった気がした。


「どう?」

店を回って見ていたらしい淳平君は、俺が出てきたのに気付くと寄って来てくれた。

「…俺じゃないみたい」

試着室の外の大きな鏡に自分の姿を映す。
自分だったら買わないようなアイテムばかりだ。
だけど今の等身大の俺に似合っていると思う。

どちらかと言うと可愛い雰囲気を含んだアイテム達。
ちっこくって童顔の俺には合っているのだろう。

「お客様の雰囲気に、大変お似合いですよ」

モデルみたいな店員さんもニコニコ笑ってる。
気恥ずかしさに俯きそうになったけれど、ぐっと堪えた。

何かに気付いたように、淳平君が自分のバッグの中からポーチを出してきた。
偉い。俺はポーチなんて持ち歩いた事がない。
ポーチから何を取り出したかって、ワックス。
そんなもん持ち歩いてるの!?
どうやってアレンジしていいか判らなくて、寝癖を直すときくらいしか使わないのに。

淳平君がそれで俺の髪をいじりだす。
もう俺は大人しくされるがまま。

「終わったよ」

鏡を見れば、顔を隠すように伸びていた髪がふわふわと自然な感じに遊ばせてあって、更に垢抜けた感じになる。
今までの俺じゃない俺が、そこに立っていた。



「似合ってる?」
「似合ってるよ」

淳平君が似合うと言ってくれた洋服。

俺は背の高い店員さんを見上げた。
俺の死んだ魚の目だって、時にはきらめくんだ。

「これ全部ください!それで、着て帰りたいんですけど!」

淳平君も店員さんもちょっとびっくりしていた。

もう着てしまっているし、バーコードのタグを着たまま外して会計してもらった。
淳平君も考えてお店を選んでくれたのか、思っていたほど馬鹿高くはなかった。
それでもいつも買っている洋服とは桁が違っていたし、清水の舞台所か天空の城から飛び降りる気分だ。

一気に買えるほど現金持ちでもでもないので、仕方なくクレジットカード。
来月発売のDVDやゲームは、通常版に格下げだ。
さよなら俺の嫁達。
それでも俺は満足していた。


連れ立って店を出て、俺は一息つく。
言わなくちゃ。

自分の気持ちに決着を付けるんだ。


「淳平君の家に行きたいんだけど」

困ったような、悲しいようなそんな表情にさせてしまった。
しばらく視線を伏せていたけれど、ふっと微笑む。

「じゃあ行こうか」

俺は頷き、先週に引き続き淳平君の家へ足を踏み入れた。
心臓がドクドクとひどく煩かった。










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