夢をみるひと

□星の首飾り【2】
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プロ二年目。
日本代表チームでの大活躍が認められ、海外の強豪チームへ移籍。
周囲の期待に彼は完璧に答え続け、さらなる高みへと走り続ける。これ以上ないくらい、順風満帆なプロ生活と言えただろう。

この頃には、より深い取材ができるようになっていた。
互いに読書好きだとわかって以来、小説のほかにも語学本や学術書などさまざまな本を貸し合った。彼は聡明で、たくさんの言葉を知っていた。声に出して伝えるのが、苦手なだけだった。心の内側をていねいに聞き出そうと努めれば、無口だと評されている彼とでも話が尽きることはなかった。

私が書いたイシカワキヨヒトの記事は、うれしいことに非常に評判が良かった。急な部署移動で、全く不慣れなアナウンサー業を兼務しながらの苦しい状況ではあったけれど、記者としてのやり甲斐と充実を感じていた。

キヨちゃんの人となりもだいぶ掴めてきたように思う。
オダシマくんの言葉を借りて表すなら、放っておけない人だった。

「放っておけなさで言ったら、そこらの女の子の比じゃないですよ」と、取材の終わりにオダシマくんが零したことがある。

思ってること全然口に出さねえし、怪我してても隠すし、ひとりじゃまともに眠ることさえできない。
狂ったようにサッカーばかりしやがって、おれがいないとだめなんです、と。

「そうですねえ、そういえばよく、『オダシマがいない試合はつまらない!』とか駄々こねてますもんね?」
「ああ、『いつ移籍してくるんだ?』とかしょっちゅう言われますね」
「あはは!そうそう、この間ふたりでご飯に行ったとき、オダシマくんと自分をツートップで並べない代表監督の采配がいかにマヌケか、なんて話を延々聞かされましたよー。おれが隣にいればあと3点は取れたのに!って」
「……え、そんなことまで千鶴さんに話してるんですか」
「うん。向こうのチームメイトにもよく自慢話してますよ、オダシマっていうすごい奴が日本にいるんだよーって」
「うっわ、恥ずかしいやつ…」
「ふふ。一緒にサッカーする日がくることを、本当に楽しみにしてるんですね」
「そうなんですかね……だけど本当はあいつ、未来のことなんて何にも考えちゃいないんだ」

取材用のノートを鞄に仕舞い、オダシマくんの方へ向き直る。俯いたまま彼は続けた。

「放っておいたらあいつは一人で遠くへ行ったまま、どこへも帰ってこられなくなる」



独り言のようなその呟きを、今でもときどき思い出す。

オダシマくんとキヨちゃんは同じ町の出身で、高校の同級生だった。
今でこそ日本代表チームに招集されるほどの選手だが、ふるさとでボールを追い掛けていた当時の彼らはきっと、ごく普通の少年だっただろう。
人より少し、サッカーが上手。けれどまだ、確かなものは何ひとつ持っていない。未来を見つめたとき、希望に胸が高鳴る一方で、不安も常につきまとう。
そんな時、いつも隣にいてくれた。あやふやな自分を受け入れ、認めてくれた。彼らにとって互いの存在は、何にも代えがたい宝物だったはず。

それでも、今はそれぞれの暮らしがある。
どんなに大切に互いを思っていても、一緒にいることは叶わない。
キヨちゃんの帰りたい場所。それはいったいどこなんだろう。誰のことを想い、遠く離れたあの国にひとりでいるのだろう。

「…だから、せめておれがしっかり見ていてやらないとって、思ってたんですけどね…そろそろもう、違うのかな」
「もう違う、って?」
「いや…あー…、なんか、変なこと喋りすぎました。千鶴さん相手だと、いつもこうですね…」
「ふふ。そんな風にしてこれまでずっと、離れていても細やかに見守ってきたんだね、オダシマくんは」
「千鶴さんは……」
「うん?」
「いや……キヨのやつ、千鶴さんに迷惑かけてないですか」
「んっ?うん、迷惑なんて全然ないですよ?びっくりさせられることはしょっちゅうですけどねぇ、あはは」

何か言いたげだったけれど、目が合うとオダシマくんは黙ったまま表情を崩した。ミズサワくんたちが、「めっちゃかっこよくて頼りになる自慢の先輩!」と口を揃える通り、穏やかで落ち着いていて、どこかいたずらっぽくもある、頼もしい笑顔。キヨちゃんが甘えたくなるのも、わかる気がする。

「…同い年なのに、オダシマくんのほうがなんだかお兄ちゃんみたいだよね」
「そうなんだよ、だいたいあいつは……って、やめてくださいよ、やですよ、キヨの兄ちゃんなんて」
「ふふふ」

愛想の良いオダシマくんにしてはめずらしい、盛大なしかめっ面。つい笑ってしまったけれど、彼は決して冗談で言っているのではなかったのだ。
キヨちゃんの生き方を間近に見るにつれ、その「放っておけなさ」を私も痛感することになる。
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