パレードが過ぎた朝に
□2
1ページ/8ページ
フィールドのなかで、キヨは王様だ。
ボールを持ったらゴールに捩込むまで離さない。
サッカーは格闘技だ。蹴るのはボールだけじゃない。
すねごと蹴る、引っ掛けて転ばす、相手の腕掴む、肘打ち膝打ち、ユニフォーム引っ張る、体当たり、なんて当たり前。
キヨはとにかく足が速いから、ディフェンスがいたって構わず突っ込んでいってしまう。
トラップも一級品だからそれでも抜けてしまうのだ。
加えて読みもズバ抜けてて、絶妙なとこでパスを回す。
唯一無二の存在感。
その背中には誰も追いつけない。
それでもキヨがみてる景色をみたくて、みんなが追いかけてしまうのだ。
サッカーボールと一緒にあんなスピードで走ったら、どんな景色がみえるんだろう。どんな風がふいてるんだろう。
冬の全国大会は、ベスト4という華々しい成績を残した。
華々しいってキヨが感じてるかどうかわからない、準決勝で負けたときも、一人だけ泣いてなかった。
最後の最後で決められなかった、同点のシュート。
みんなが帰ったあとのグラウンドで一人、何度もシュート練習をしてた。
「キヨ、もう行こうよ」
チームのみんなはすでに打ち上げを始めてる。
エースがいないなんて締まらないんだから、遅れてでも連れて来いよ。
先輩達にそう言われていた手前、一応そう声をかけたが聞くようなやつじゃないってことはわかってる。
「おう」
「え?いいの、もう」
すっかり日が落ちたグラウンドでは、吐く息の白さがお互いの表情を隠してしまう。
黙って頷いたキヨは帰り支度を始めた。
「もうちょっと、いいよ。付き合う」
「いや、行こう」
「気が済んだ?」
思いがけず返ってきた素直な言葉にびっくりして、尋ねたけど返事はない。
代わりに、両手で頬を包まれた。
「ユタカ、冷たい」
「寒いもん」
行くなら行こうと促すと、手も冷たい、と言って繋がれた。
これは小さい頃から抜けないクセだ。
おれよりも背が低くて、滑舌が悪くてどうしてもユタカって言えなくて、ユウちゃんって呼んでたころから、キヨは手を繋ぎたがる。
動き回ってたキヨは体温が高い。ありがたくカイロになってもらうことにしてそのまま打ち上げに向かった。
ゴツゴツした手。おれたちはいつのまにか大人になってく。
それでも今のところは並んで歩いている、同じサッカー部の幼なじみ。
でも実は、歩いているところはすでに違うのかもしれない。隣にいるけど、もしかしたらもうとても遠くに。
だけど、キヨはいつまでもおれの手を離そうとしない。
試合に負けたはしたが、キヨはユースチームへの加入を正式に決めた。
誰にも追いつけない場所へ、走り続けていく。
景色はきっと極彩色。
なにもかもくっきりと輝いてみえるはずだ。
.