ウツクシイカゼ

□first day
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ものすごく、イライラしていた。




サッカーしてるのにこんなこと、初めてだ。
ボールが繋がらないんだ。思いっきり走れない。
ディフェンス振り切ってフリーになった。
あとは目閉じててもわかる。前後左右、敵と味方がどこを走ってるか、ボールがどこにあるか。
キーパーの目線を捉える。
今、ここだ!
足を振り抜けば、ネットは勝手に揺れる。
確信しかない。
なのに、なんで?
なんでそんな後ろにあんの、ボール。さっさと寄越せよ。
仕方なく戻って、パスをひっつかんでゴール。ディフェンスやる気、無さ過ぎ。


いや分かってる、悪いのはおれだ、チームプレーなんだ、合わせられないなんてプロ失格だ。
ああ、ゆっくりゆっくり走ってるなんてすげー気持ち悪い、調子狂う、でも、チームは勝つ。
あっというまに不動のレギュラーになってチームはリーグトップに駆け上がって、一点の曇りもないプロとして完璧な毎日。


2年は耐えた。怪我は治った。世界大会にも出た。それが限界だった。



20歳。海外チームに移籍した。
そしたらだいぶ、良くなった。

周りは全員身体能力高いから、思いっきり走ってもついてくる。


身長は気づけば180を超えていたが、この国ではまだチビなほうだった。背の高さはともかく、体の厚みが違う。
だが恐怖も緊張も不安もない。ひたすら走る。なにも考えちゃいない。
敵は強いほどいい。ぶっ倒す瞬間の興奮、そのほうが熱く震える。

強いやつだらけだった、安定してレギュラー獲るまでに2年もかかった。
ますます魅せられて、のめり込んでいく。
いつもどこかでイライラしていた。燻り続ける重たい熱を抱えて、走った。まだまだ、どんどん行ける。もっと速く!


サッカーのほかに、熱を向けるべきものは何もなかった。
心臓の音がいつもより大きく響く。爪先が風を引き寄せてすべて飲み込んでいく。




何もかも本当、どうでもいい。

あの景色をみられるならなんだっていい。




ただひたすらに走ったときにだけ辿り着く、光も音もない、だけどすごくまぶしくてうるさい、あの場所へ。





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