ウツクシイカゼ
□2nd day
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ただ上手いだけのやつは勝てない。
同じメンバーでボールを蹴っていたとしても、同じようにゲームが進むことはあり得ない。
最後に勝つのは経験を積んだやつだ。
チーム練習はいつも、軽い。
余計な練習をしないから。研ぎ澄まされてシンプルで、サッカーのことばかり考えて生きてきたやつらの中は居心地がいい。
オダシマもこっち来ればいいのにな。高校時代、FWとして一緒に走ってたあいつは、大学なんか入りやがった。いいからもっと速く走れキヨなんて言ったやつ、日本じゃオダシマとユタカくらいだ。
おれは残って自主練習してる。同じように残ってやるやつは少ない。ほとんどが地元か近隣国出身だから、他にも練習場所を持っているらしい。
* * *
いつものように最後になって、スタッフに挨拶をしてロッカールームを出る。
「おつかれ、キヨ!」
そこにユタカが立ってた。
当たり前のように。
にっこり笑って。
なんで。
「その、なんでって顔、なんでなの?」
なんでなのって、なんでなの。
「おれが聞いてんの!バカキヨ」
「…あの時は、悪かった」
「ん?あの時?」
「ごめん。ほんと」
「なんの話だよ?」
なんの話っていうか、あの話もその話も諸々ひっくるめて謝ってみた。
でもあれだな、取って付けたように謝ってもダメなんだな。首を傾げたユタカにそもそも、怒ってる様子はない。
「なあそれよりさ、すげーよ!このチームの練習風景見れるなんて思ってなかった、昨日はまじありがとう!」
興奮気味に言いながら、背中をバシバシ叩いてくる。
「おお?!」
今度はなんだ。
「なにこれ、すげー!固い!筋肉?」
背中をさすりながらすげーすげーと騒いで、そのうちぴったりと張り付いてしまった。
「亀みたい」
はい?
「背筋!こんなにキレイに付くもんなんだな、すげえよ。背骨んとこだけへこんでる」
甲羅みたいって言いたいのか。
「かっこいい」
背中に頬をくっつけた、ユタカのくぐもった声が聞こえた。
一応、褒めてるつもりなんだろうか。亀。イマイチ嬉しさはないけど。
「…ユタカ。ほんと、どうかしたの。なにしに来た」
「なにって、会いに!」
「…おれに?」
「うん。ほかに誰がいんだよ」
「なんで」
「ッ、悪いかよ」
「答えて」
「だってすげえ会いたかったし。新聞とかで顔は、見てたけど寂しかった…あと直正くんが」
「兄貴が?」
「“キヨはきっと、ユウちゃんとは違うこと考えてるよ”って」
「…なに、考えてんの?ユタカは」
「背中ちょー落ち着く!やっぱ実物のがカッコイイ、まじで背伸びた、てか体ごつくなった!髪短いのも似合うなー!」
いや、今現在考えてることを聞いたわけじゃないんだけど。
謎は深まっただけだった。
離れない体温にうっかり喜びそうになってる。
でももう、高校生でもないし、ここはベッドのうえじゃない。
深呼吸、一回。
「そうか」
「そうだよ」
肩越しに見てみると、安心したようにユタカは笑ってる。
会いたいから。ユタカの言葉にそれ以上の意味はない。それ以下の意味もない。
まだおれは、ナカヨシの幼なじみってポジションにでもいたんだろうか。
考えても仕方ないことだ。切り替えって、大事。
時間が傷を癒すってことも、この何年かで学んだ。
大丈夫。
たしかまだ大学生のはずだ、まあすぐ帰国するんだろう。元気で、勉強とかがんばっていてくれたら。
よし、オーケー。
旅行を楽しんでいってくれ。
「じゃあ、メシでも行こう。行きたい店とかあるか」
目を合わせたら、自然と笑うことができた。
なんでか口をぽかんとあけたまま固まってるユタカは、一瞬で顔を真っ赤にして、ど、どこでもいい、と噛みながら言った。
「キヨ」
小走りについてきて、名前を呼んだまま黙ってしまった。
好き嫌いはあまりなかったはず。友達とよく行く、あの店でいいか。
急に静かになった隣を伺うと、なにか言いたげにモゴモゴしてた口を開いた。
「もう一回」
なにを。
「ね!お願いもう一回!」
なにが。
「やばいかっこいい。なんで?」
だからなんだってんだ。視線で促す。
「かっこよすぎ、笑った顔」
なんでそんなにカッコイイの、頼むもう一回だけ!笑えキヨ!
締まりのない顔で必死に笑え笑えと騒いでるユタカは、かわいかった。
だが言ってることは宇宙語だった。
やはり何か、あったんだろうか。
こいつが頭を悩ませるのは、18歳までだったら家族のことかサッカーのこと。今も、そうなんだろうか。大学のこととか、なんか問題でもあるのかな。
妹のイズミちゃんがまた家出したとか?兄のサトルさんが結婚するとか?こないだ電話したときは、何も言ってなかったけど。
それにしてはこの機嫌の良さ、気味が悪いくらいだ。