ICE CANDY BABY

□恋に恋してる
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「イ、イシカワ先輩!なんすかあれ?!」


なんだよ、と不審げに振り向いたイシカワ キヨヒト先輩は、うちのサッカー部のエースだ。

いや、うちの、というか高校サッカー界のエースだ。
日本のエース、と呼ばれる日だってそう遠くはないだろう。
正直、なんで公立校の部活なんかやってんのか、かなり謎だ。

でも今は、それどころじゃない!



「あれ!ユタカ先輩ですよね、なんで?え?!ちょ、イシカワ先輩、待ってくださいよっ」


衝撃的すぎて言葉にならない。


ユタカ先輩が帰ってく。

肩を組んで。

女の子と。



「いいんすか?!」
「なにがだ」
「なにがって…だって、ユタカ先輩は!イシカワ先輩の!」
「落ち着け、一年坊」

見兼ねたように声をかけてきたのは、オダシマ先輩だった。
その苦笑いの顔を見てハッとする。
イシカワ先輩におれ、普通に話し掛けてた!普段だったら絶対ゼッタイ、ない、無理だ、怖すぎる、一年坊主が気安く話し掛けていい相手じゃ、ない!

だけど今は、非常事態だ!!


「だ、だって!あれ!イシカワ先輩、いつもジャマしてんじゃないすか!ユタカ先輩に女子、近付くと。なのにあれ、いいんすか?!」
「してねえよ」
「いや、こないだもしてた!おれら見てたっす。ユタカ先輩のこと呼び出したあの三年の女子、先に声掛けちゃってたじゃないすか!!」
「…いつも、じゃねえよ」
「………気分、とかでジャマするんすか?」


それ、余計こえーよ!
声掛けた、ってだいぶ濁した言い方したけど、あの女子の腰抱いて空き教室入ってったあと、聞こえてきた物音がアダルトすぎて、おれら一年は全員前屈みでトイレに駆け込んだよ。


「…オダシマ」

目配せを受けたオダシマ先輩が、頭を掻きながら話し出す。

「はいはい、ったく。こいつさ、見境なくジャマしてるわけじゃねえよ。こないだの女なんか、ユタカ利用してキヨに近付こうとしてただけだったし。そういう変な女じゃなければ好きにさせてるよな。ユタカ、一年のときは彼女いたし」



イシカワ先輩は頷くでもなく、こちらを見た。
おそろしく冷静な目。
この人の怖さはこれだ。

ボール蹴ってるときの迫力ったらない。すげえ冷たい目してんのに、燃えてるような熱さを感じる。
まわりの風が光って、そこだけ明るく見えるんだ。


ゴール前、一瞬の目の閃き。
ディフェンスが走ってくるのを確認して、キーパーが動いたのを確認して、そっからやっと、シュート打つ。
焦りとかプレッシャーとか、気負いとかねえのかよ。
いつか絶対抜いてやりたい!けど、いざマッチアップすると練習とはいえ体が勝手に震える。




目の前のイシカワ先輩は、眠そうに瞬きしただけだった。

「でも…だって、ユタカ先輩は、イシカワ先輩のこと…」
「多分あれだろ?今の女は、告られて断ったら泣かれちゃって、肩かして宥めてるみたいな感じだろ。ユタカ、そういうとこあるからな」
「そう、なんすか……タチワリイ」
「あはは!だな、下心とか無い分、ハンパな優しさはたち悪いよな。お前、フルダテ、だっけ?」
「ハイ!」
「ユタカに肩とか組まれても勘違いすんなよ。調子こいたらお前、キヨに埋められんぞ」




………う、埋め?
殴られる、とかじゃなくて…?

勘違い?調子こいてる?

そんなつもりは、ない、はず、だ、けど。


ユタカ先輩だけは、何十人もいる一年生部員の名前、覚えてくれてる。おれの飲んでるドリンク、一口ちょーだいって言って首のばしておれの手から飲んだり、帰り際おつかれって抱き着いてきたり、筋肉スゲエってベタベタ触ってきたり、ラスト一周がんばーって必ず声かけてくれる。



「ああフルダテ、それな、みんなにやってるからな、ユタカは」

おおおれまじで埋められる?!
つうかなんでオダシマ先輩は、おれの心の声を聞き取れるんだ!

呆然と立ち尽くしてる間に、ユタカ先輩と女は見えなくなってた。


「お前、全部口に出てるから。キヨに聞かれなくて良かったな」

オダシマ先輩は、おれの肩にポンと手を置き、じゃあまた明日な、と人好きのする笑顔で言った。



イシカワ先輩は、とっくに歩き出してる。

駆け寄ったオダシマ先輩からケツに軽く蹴り入れられながら、イシカワ先輩はおれを振り返って笑った。



え、うそ。


笑った?






「フルダテなら、ジャマしねえよ」
「え」
「たぶんな」




***






言われた言葉の意味をやっと理解したのは、その日の晩、風呂に入ってるときだった。

「ばれてるーーーーーー!!!」
「うるっさいわよ!ヒロ!」

思わず叫んでしまい、おかんの怒鳴り声が返ってきた。

ばれてる!
おれが、ユタカ先輩を好きだってこと!
やばいまじで埋められる?!

でも!!

フルダテなら、ジャマしない。
フルダテなら認めてやらんこともない、って意味だよな?!

「うおおーーーー!!!」

ユタカ先輩に気持ちが届いたわけじゃないってのに、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。

だってあんなふうに笑うから。
笑ったとこ見たのなんて初めてだ!いや、ゴール決めた時とかにはもしかしたら笑ってる、かな?

でも、いつも不機嫌そうに寄せてる眉とか、引き結んだ薄い唇とか、射抜くような目とか。
ぜんぶどっかやっちゃって、優しく笑うから。


優しく?


引っ掛かるものを感じ、イシカワ先輩の笑顔を思い起こしてみる。


ポタ。

「お?」

湯舟が赤く染まってく。
違う違うなんか違う!グラグラする頭で懸命に否定する。じゃあ一体、なんなんだ?

優しく?違う。そんなふんわりした笑顔じゃない。
ボール掴んで勝利することを確信してる時の顔。歪んだ薄い唇。濡れたように光る黒い目。自信にみなぎった男の迫力。肉食獣のように壮絶な…………


ボタボタボタ。

「おぉ?!鼻血!!」

勢いよく立ち上がったらバシャンと派手にスッ転んだ。
おかんの怒鳴り声が遠くに聞こえる。





***




フルダテ ヒロ 15歳。
ピカピカの高校1年生。
サッカー部新入部員、ポジションは今のところ補欠の補欠の補欠くらいのDF。
現在、サッカー部のユタカ先輩に絶賛初恋中。
彼はまだ知らない。色気という言葉を。また、その後に交わされた会話など知る由もない。








「“フルダテならジャマしねえよ”だって。あーうける。ジャマしながら言うなよな」
「…してねえだろ」
「まあそうだよな。お前はステキな笑顔、見せてやっただけだもんな。カンペキあいつ、キヨに落ちたな」
「知るか」
「大人ってコワイねー。カワイソウ、一年坊。混乱してるぜ?おれが好きなのはユタカ先輩のハズなのにーって」
「………」


■ ■
next→初恋センパイ2

■ ■

余談。


「で、やっちゃったの?あの三年の女」
「やってねえ」
「嘘つくな。ああいうでかいおっぱい好きだろ、キヨ」
「それはオダシマだろ」
「まあな!つうかまじで、やんなかったの?」
「うん、あいつら覗いてたし」
「でも、もったいねーなあ!今度から代われよ、おっぱい」

「…あ」
「え?」
「…オダシマ、自分のコイビトじゃ不満か」
「んー?いや不満とかじゃないけどさ、おっぱい無いじゃん、あいつ」
「大事なのは、中身じゃねえの?」
「それとこれとは話が別!ふわふわのおっぱいの前で、おれは無力だ!」

「じゃあ紹介する?こないだの女」
「うっそまじ?いーの?!」
「別にいいよ、おれは」
「やったラッキー!頼んだぜ」
「…わり、ちょっと八つ当たり、だけのつもりだったんだけど」
「え、なんの話?つかキヨ、顔怖いんだけど」
「ああ、思ったより怖いな」
「は?そんなコワイ女なわけ?」
「オダシマ。後ろ」
「!!」






―――振り向いたらコイビトが立ってるお約束。
女の子と仲良く帰ってくユタカをみて、実際キヨはそーとー機嫌悪かったらしい。
がんばれオダシマ!


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