ICE CANDY BABY
□初恋センパイ
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「フルダテ、見過ぎ」
「痛っ」
「見過ぎだっつの、ユタカ先輩のこと」
「みっ、見てねーよ!」
「まー、でも見ちゃうのもわかるわー。かわいいよなー!」
「だろ?!かわいーんだよ、見んなっつー方が無理!」
「見てんじゃん、やっぱ。ウソツキ」
「〜〜ッ、違…!おれは…っ!」
「いってーなコラ!」
ニタニタしてるミズサワの頭叩いたら、叩き返された。
「なんでフルダテさあ、ユタカ先輩なの?」
「…なんの話デスカ」
「なんで好きなの?なんでっつーか、どこが好き?」
「はっ?すすすすすきっ?!」
「あーそーゆうの要らねーから、めんどくせー。お前、ユタカ先輩のこと好きだろ。そーゆう意味で」
バレバレなんだから隠そうとしてもムダだっつーの、と続けたミズサワの心の内は読めない。読めたところで答えようがない。
そーゆう意味って、どーゆう意味だ?
たしかに好きだ、かわいいもん。
言われるまで気づかなかったけど、確かに視線で追ってた、かも?
だってかわいい。
ほら今みたいに、いつもケラケラ笑ってる。なんつーか、和む。
体は細っこいのにサッカーうまい。バランスがいいんだろう、ほとんど転ばない。転ぶかと思われるような体勢からでも、難なく捌かれる鋭いパスには思わず、見惚れてしまう。
親がどっちかフランス人か何かなんだっけかな?くっきりした二重瞼の大きな目。瞳はすげー不思議な色。小さめの鼻。華奢なあご。弓なりの眉。
そういうのがぜんぶ、カンペキなバランスで整った顔。
黙ってたらきれいな人形みてーだ。なのにいつも、口でっかく開けて笑ってる。だから余計に、目を奪われる。
ちょっと赤くなってる鼻筋には、擦り傷ができてるっぽい。
あーまた笑ってる。イシカワ先輩の背中にひっついて。あ、振り落とされた。
あーゆうことしてるから、へんなとこに傷作んだな。
一回転して立ち上がり、文句言ってる顔さえもかわいい。
すき、スキ、好きかあ………
「好き、かも………」
気づいたら口に出てた。
グラウンドでボールを拾いながら、首だけこっちに回したミズサワの吊り目が、スッと細められた。
慌てて自分の口を塞ぐけどもう遅い。
この、ネコみたいな目!
付き合いは短いけど理解してる、獲物を見つけたときの目だ。
獲物っていうのはこの場合、おれのこと。
からかわれるネタを提供してしまった!
「かも、じゃねーよ」
意外にもミズサワは、不気味な笑顔をすぐに引っ込めた。
「そんな顔で見といて“かも”って、何だよ。初恋じゃあるまいし。好きなんだろ」
バカなのは知ってたけど、自覚してねーなんてさすがにびっくりだぜ、と穏やかに笑ったミズサワの顔が固まってく。
「え、フルダテ、お前、まじで?」
まじで?って、何が?
聞き返そうとした言葉は、喉んとこで消えた。
そーゆう意味で好き?
そーゆう意味で好き。
好き。
胸にストンと落ちてきた言葉に、頭ん中、真っ白。
おれ、ユタカ先輩のこと好き。
好き。そーゆう意味で!
え、好き?
かわいいって言ったって相手、男だぞ。ミズサワは知ってたって、なんで?
「オイこら、フルダテ、おーい」
「なんで?」
「はぁ?なんでじゃねーし、なんだよその顔」
どの顔?おれの顔?両手で触ってみるとすげー熱かった。
もしかしなくてもおれの顔、真っ赤。
「どーしよーミズサワー!!好きだー!!!」
ミズサワの両腕を掴んで叫ぶと同時に、見事なチョップが落ちてきた!
「あーもーうるっせー!!」
「痛ってえ!!」
「声でけーんだよフルダテは」
クソいてー!けどそれでハッと我に返る。
球拾いをしてた周りの一年の視線が、残らずぜんぶこっち向いてる。
先に上がってった二、三年生に気づかれなかったのはラッキーだ、厳しい先輩とかに見つかったら遊んでんじゃねーって叱られる。
「さっさと片付けよーぜ」
「……おー」
今日は球拾い終わったら部室掃除して、上がり。
ミズサワに睨まれてる気配を感じるけど、今のおれはダメージなんか受けない。
なんだろう、この気持ち。
胸んとこがすげー熱い。心臓、働きすぎて痛い。ぜんぜん静まらない、一体これ、なに?
「つーかまじで顔キモいから。フルダテ、思いっきり口開いてんぞ」
「……そうか、これが恋か…」
並んでチャリを漕ぐ、帰り道。
バカにしてくるミズサワの態度も、今日ばかりは気になんなかった。
こいつに弱み、握られたんだんだよな。
ネコ目をじっと見てみる。
見てんじゃねーよウゼーなって言葉も耳を通り抜けてく。
こいつのむかつくイジリさえ気にならなくなる。
恋って偉大だ…。
「で、どこが好きなの?ユタカ先輩の」
「どこがっていうか…」
「かわいいから?」
「うん…」
「安いのなー、お前」
「うっ、うるせーな!」
うざいのはいつものことだけど、今日はやけに絡んでくんなあ。
そのわりには、あの不気味な笑顔は引っ込んだままだ。みんなが一斉にこっち向いたとき、絶対からかってくると思ったのに。
おれをバカにし放題のあんな絶好のチャンス、ミズサワが逃すはずがないんだ!
「も、もしかしてさ」
「あんだよ」
「ミズサワもさ、その……好き、なの?」
「はあ?」
「……ユタカ先輩のこと」
「………」
な、なんだよ?!
このタイミングであの不気味な笑顔、出すのかよ?!
もー、すげー顔で笑ってるよ…。
そのネコみたいな目、認めたくないけどまじで、怖いんだよ!!
「…まーな。そりゃ好きだ。その辺の芸能人とかより断然、かわいい」
「ひぃっ!!やっぱり!!」
「だからうるせーっつってんだろ!フルダテの声は響くんだよ!そろそろ黙んねーとマジ沈めんぞ」
「う、だ、だって…!」
こいつライバルってことだよな?!勝てる気がまったくしねーよ!
でもそっか……だからこいつ、今までおれにこんな態度だったんだ………。
まあ、でも、そうだよな。
そりゃ、仕方ないよな。
わかるぞ、うん。
だって。
「かわいいもんなあ…」
「…ほんとにな」
しみじみと言い合ったところで、でっかい夕陽が山に沈んでいく。最後のオレンジ色の光がおれたちを照らした。
眩しそうに目を細めたミズサワの、白いシャツも茶髪もハンドルを握る腕も夕焼けに染まって、ほんもののネコみたいだ。機嫌の悪い、茶トラに似てる。
めずらしく小さい声で、前を向いたままミズサワがぽつりと言った。
「おれ、ユタカ先輩のこと好きだけどさ。顔がいいからってだけじゃねーよ」
「え?」
「あの人さ、部活終わったあとも走り込みしてんだぜ。それも毎日」
「うっそ、あのメニューのあとに?!」
今日みたく、明るいうちに帰るなんてかなり稀だ。いつもは9時ころになる。
とはいえ、おれたち一年生は、ほとんど毎日退屈な基礎練。だから部活中でも、サボるヒマなんて正直いくらでもある。
けど、二年生の練習メニューで余力があるなんて、ちょっと信じられない。
さすがユタカ先輩!ますます好きになりそう!
「余力、無いからやってんだと思うぜ。持久力が無いって、こないだ自分で言ってたし。まあ信じらんねー根性だよな」
「いやだって、おれ家に荷物置いたら走って、そしたらもうメシと風呂でそっこー寝ちゃうぜ!
もしあのメニューこなした後だったら、走るなんてぜってー無理!」
てゆうかなんで、ミズサワはおれの心の声聞こえてんだ?
「フルダテってぜんぶ、口に出てっから。お前さ、走っててすれ違ったことねーの?」
「うん会ったことねーよ。おれがユタカ先輩のこと、気づかないわけねーし!」
「ふーん。ユタカ先輩、お前が走ってるコースとほぼ被ってるっぽいけどな。時間帯の違いなのかもな」
「えっ?!うそ、まじで?」
「おう。川沿いを、学校とは反対方向に行って、そしたら新山舟橋のあたりまでだろ?」
「うん、大体そう。うわー、なんで会わねーんだろー!
あー、ユタカ先輩って一時期、よく朝練遅刻してたけど。がんばりすぎってことかなあ…どこまで走ってんだろ…」
「まあ、会えない運命ってことだろ、どーせ」
フルダテ、ざまぁ!と頭をベシッと叩かれた。
むかつく笑い声を残して、ミズサワは軽快にチャリを漕いで帰っていった。
言い逃げ。
なんだか頭がいっぱいで、とっさに言い返すこともできなかった。
ミズサワのやつ、なんでおれが走ってるってこと知ってんだろ。しかもコースまで知ってる風だった。
おれのことも見かけてたのかなあ。
考えるほど、不思議な感じ。
くやしいけどミズサワは、本当にサッカー上手い。
スポーツ推薦で入ってきただけある。
高校での実戦経験はまだないけど、基本的な運動能力とかセンスとか、そーゆうのがぜんぶ明らかに、周りの一年生とは違ってる。
おれだって下手な方じゃない、はずだ。中学じゃレギュラーだったし、強豪であるこの高校でも、絶対レギュラー獲ってやるつもりで入学した。
だけど、すげーくやしいけど、ミズサワには敵わない。
試合しなくたって毎日一緒にいれば、嫌でも分かる。
だからおれは、毎日ヘロヘロになって帰ったあとも、必ずランニングに出ることにしてるんだ。
川沿いを毎日走ってるユタカ先輩を、ミズサワが見かける、ってことは。
あいつも毎日、走ってるってことだよな。
しかも、あいつんちから川沿いまで来てるってことは、明らかにおれよりも長い距離、走り込んでる。
おれより才能あんのに、おれより努力もしちゃってんのか?
好きなんだろ、と言った、めずらしく穏やかなミズサワの声。屈託無く笑うユタカ先輩の顔。
見上げれば藍色の空に一番星。風は冷たいけど、なぜか家に入る前にもう少しこうしていたいと思った。
好き。
好き、かあ。
なんだか落ち着かない、妙な気持ち。
まあいい!
敵わないっていうのは、あくまで今のところは、って話だから!
よし!
今日もがんばって走るぞ!!
あの橋の辺りは、特に!
見てろよ、ミズサワ!!
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