ICE CANDY BABY

□きみのため
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ミズサワに、風邪うつしてしまったらしい。





「なあ、溶けてるぞ?」
「うん………」


今日も部活帰り、山ノ目屋。
ミズサワが右手に持った黄色のアイスが、今にも崩れそう。


「いらないならもらおうか?!」
「うん………」


声をかけても、全然まともなリアクションが返ってこない。

ミズサワが選んだのは、ガリガリ君はちみつレモン味。
おれのは同じくガリガリ君の、はじけるぶどう味。
ふつうのぶどう味とはちょっと違うんだよな、うん、たしかにはじけてる感じ!
しあわせに浸りながら食べ終わったころ、せっかくのはちみつレモン味は手の甲にかたまりごとボトッと落ちてしまっていた。



「ミズサワ、風邪でもひいた?」

「んー……あのさ、フルダテ」

「うん?」

「………ってオイ、なにやってんだお前は」

「なんだよ、返せったってもう無いからなっ」



あんまり日焼けしない体質らしい、ミズサワの白い手からはちみつレモン味を舐めとって答える。
うん、うまい。
ただ、ふつうのレモン味との違いはいまいちよくわかんないんだよな。



「………フルダテ」
「っ、だって、いらないって言ったじゃん!」



もう飲み込んじゃったし、返しようがないぞ!
新しいの買って来いって殴られるかなってちょっと身構えたけど、拍子抜け。
すげー汚いものを見るような目つきでおれをみたミズサワは、そのまま頬杖をついてそっぽ向いてしまった。



「なあ、まじで熱あるんじゃねー?だいじょーぶかよ」

「ゴールデンキウイ味」

「は?」

「だから、ゴールデンキウイ味だよ」



いや、“だから”の意味がわかんねー。

ミズサワのネコ目としばし見つめ合う。
あらためて見ると、こいつはホント整った顔してる。
吊り上ったきつい目も、大きくて形はキレイだし、くっきりした二重瞼がパッと明るい印象。
睨みつけてさえいなければ、なんつーかアイドル顔だ。
こいつに妹とかいたらゼッタイかわいい…と勝手に思ってる。兄弟とかいるのか知らんけど。




「妹はいねーよ」

「へ?なんの話…」

「ガリガリ君だよ。ゴールデンキウイ味。お前さ、こないだ“あったらいーなキウイ味”っつってただろ」

「あーうん、言ったかな?」

「あるんだって。おれ、聞いた。メーカーに電話して」

「へー」

「でも、ねーんだよ」

「ほー」

「発売はしてる。それは確実なんだけどな、売ってる店が見つかんねーんだよ」

「ふーん」

「山ノ目屋のおばちゃんにも聞いたんだけどな。入荷する予定ねーんだって。生産数自体が少ないらしー」

「そーなんだー」

「………なんだよそのリアクションは」

「うそだろ」

「はあ?!」

「もうだまされないし」

「っ、嘘じゃねーよ!ちょー調べたんだからな!!」

「ハイハイごくろうさま」








こないだおれが風邪ひいてから、こいつはどっかおかしかった。

今日みたいにボーっとしてることが多いような気がしたけど、そうか、次はキウイ味で作戦を練ってたってわけだな。

ふん、甘いぜ!
もうカンタンにだまされないんだからな!



「つーかミズサワもヒマだよなー!ほんとよくイヤガラセ発明してくるよ」

「ちげーよ、今回はマジなんだって!」

「へーそう」

「おれ、市内の店はほとんどぜんぶ聞いて回ったんだぞ!」

「あーそう」

「はぁ………もういーよ。キウイ味みつけたってフルダテにはやんねーからな!」

「いらねーし、別に。おれソーダ味があればいーし」

「え?」

「アイスは水色、ソーダ味だろ。なんだかんだ言っても、結局これがイチバンだよ」

「………は?マジで言ってんの?」

「うん」

「だ、だってフルダテ、すっげー喜ぶじゃん!!いつもとちがう味みつけたとき!あのテンションなんなの?!」

「えー?まあ、一回は食っておきたいじゃん、めずらしい味なら」

「………お前…」

「だけど別になー。あえて探すまでもねーよなあ」

「………」

「なんつーのかな、いつもとちがう味、たまに見つけるのが楽しいんだよな!」





新発売のパッケージがずらっと並んだ山ノ目屋のアイス売り場って、やばいぞ!
普段は水色がギッシリならんでるところに、とつぜん黄色とかピンクとかが入ってくるんだ。
あれ、みつけた瞬間ちょーテンション上がるよなあ。






また黙り込んでしまったミズサワの手から、アイスの棒を抜き取る。あー、今日もハズレ。
ポイとゴミ箱に投げると、店内がちょっと騒がしくなった。


「うわ、キヨまたアイスー?」
「寒くねーのかよー」


にぎやかに入ってきたのは、二年生の先輩たちだった。
挨拶をして横を通り抜け、帰ろうとした、そのとき。


「イシカワ先輩!なんすかそのガリガリ君?!」


ミズサワがうちのサッカー部のエース、イシカワキヨヒトの左腕に飛びついた。

なにやってんだコイツ?!

定番中の定番、水色のパッケージのどこに対して“なんすか?!”だよ!
あんなおっかない先輩にその態度、お前まじで埋められるぞ!
一緒にいた先輩たちも、あっけにとられた様子で見守ってる。



「ちょ、ミズサワ!!なに考えてんだよ?!」

「見てみろよフルダテ!!」

「なんだよ?!ただのソーダ味だろ」

「ちげーよ!!よく見ろ!!」



イシカワ先輩が手にしたパッケージをよくよく眺めてみると。
ミズサワが騒いでる意味が一瞬でわかった。



「うわ、やばい!ホントっぽい!!」

「な!これマジだよな!!」

「イシカワ先輩が持ってるとホントっぽい!」



ミズサワがゲラゲラと大喜びしたのは、ガリガリ君 サムライブルー ソーダ味。

パッケージでは、日本代表、青のユニフォームを身にまとったガリガリ君が見事なヘディングを決めている。



「なんだよ、ホントっぽいって」
「え、結局なに味なの?」
「ソーダ味だろ、普通に」



わけがわからない、という様子で言い合う先輩たちに挨拶をして、サムライブルー ソーダ味を一本だけ買って店を飛び出す。










イシカワ先輩が青のユニフォームを実際に着ることになるのは、それからわずか3年後のこと。
ホントっぽいって騒いでたことがホントになったわけだけど、その時のおれらはまだ想像もしていなかった。



ミズサワが見つけてくれた、いつもとちがう味。
分け合って食べたアイスは、なんてことはない、いつもとおなじソーダ味だった。


そう言うとミズサワはネコ目を細めて、やっと笑ったな、と言った。












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