ICE CANDY BABY
□本当の勝者
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最近、ミズサワに避けられてる。
って言ったらおおげさだろうか。
県立岡宮商業高校サッカー部。
入部したその日から、気づけば毎日あいつとケンカしてたけど、おれから吹っ掛けたことはないのだ。
クラスも違うし、そうなると顔を合わせるのは部活の時間だけ。
その部活中すら、ほとんど口をきかない。徹底的にシカトされてるってわけじゃないから、まあアイサツくらいはするんだけど。
パチッと合った視線はスッと外される。
「うわっ!戻ってたのかよフルダテ!静かだからまだロード行ってんのかと思った!相方はどうした?」
「あれっ、うそ、フルダテひとり?じゃあストレッチ、おれと組もうかー」
おれのとなりにミズサワがいない。
それだけのことがちょっと、いや、かなりメズラシイってことに、まわりのリアクションをみて初めて気づいた。
『部活行くぞとっとと来やがれ』
『どこ蹴ってんだヘタクソ!』
『今日おれんちな』
『ほら、アイス!』
毎日あれだけ連呼されてた「おいフルダテ!」ってムカツク声が聞こえなくなったら、眠たくなるくらい静かで平和だ。
耳とかかじってくる狂暴なノラネコがおとなしいのは大歓迎なんだけど、いっしょに練習できないのはすっげーつまんない。
ムカツクけど、自分よりうまい相手と組んでサッカーできるっていうのは、おれにとってはラッキーなことなのだ。ムカツクけど。
おれたち一年生には、グラウンドを使う権利もちゃんとしたポジションも、まだなんにもない。
二・三年生と一緒にミニゲームしたり、なんていう楽しい部活は、入部早々に終了した。
ヘロヘロになるまで走り回って、疲れたけど今思えばホント楽しかった。
今は毎日毎日、走りこみや筋トレっていうひたすらだるいメニューの繰り返しだ。
部活がツマンナクなってから、いつもミズサワとふたりで来てた小さいグラウンド。
とっくに日が暮れた河川敷で一人、ボールを腹にのっけて寝転がる。
明日から夏休みだってのに、水分を多く含んだ土からはむっとしたにおいが立ち込める。
ぼんやりした星。首筋にちくちく触れる草。このままもう、梅雨が明ける日なんてこないんじゃないかな。
今日もダルイ部活が終わって、気づいた時にはもうアイツのチャリはなかった。
あーダルイ。クソダルイ。
ミズサワがいないとつまんない。
一体なにやってんだろうなー、ランニングでもしてんのかなー、どーでもいーけど。
それとも別んとこで誰かとボール蹴ってんのかなー、どーでもいーけど。
そう、どーでもいい、ミズサワのことなんて!
なぜなら今はなによりも重大なことがある。
それは、明日からの合宿だ!!
やばいやばいちょー楽しみ!!
夏休み突入と同時に4日間、泊まり込みの練習が始まる。
楽しみでしょーがないのは、最終日に組まれている今年度初の他校との練習試合。
補欠にすらなっていない一年生の自分が出場するわけではないんだけど、もうヤバイ、楽しみすぎて泣きそう!
理由はただひとつ!
アコガレのサッカー選手、イシカワキヨヒトが出場する試合を、初めて生で観られるからだ!!
去年テレビで観てた、全国大会への出場権を賭けた県大会決勝戦。
後半開始20分、正直、勝敗はもうみえてた。前半戦で疲れきった様子の岡宮商業の負けはあきらかだった。
1対6。
もちろん、勝負はなにが起こるか最後までわからない。
って言っても、5点差だぞ。バスケや野球じゃないんだ、ひっくり返る点差じゃない。
だけど終わってみれば、岡宮商業はみごと優勝。
9対8っていうアホみたいなスコア。
夢でも見てるのかと思った。
その立役者は、羽でも生えてんじゃねーかってくらいのスピードで動き回る、途中出場した一年生。
まだまだ華奢な感じの背中。だけど軸みたいなのが一本、ガッチリ通っててぜんぜんブレない。
もうとにかく、速かった。
こんな厚いディフェンス、かわせるなんて人間じゃねー!一体いくつフェイント入れた?こいつ、まじで一歳しか違わないの?
目に焼きついて離れなかった。
目に、っていうか、おれのどっか奥のほうにある大事なところに強烈に焼きついた、何か。
それが、イシカワキヨヒトだった。
それにもうひとり、同じく一年生なのに出場してたオダシマアツシ。
あの人だけがイシカワキヨヒトのスピードについていってたし、力任せの強行突破さえもあらかじめ見越していたようにパスを受けてた。
相手チームどころか全員の度肝をブチ抜く、ビッタビタに息が合ったプレー!
試合を完全にぶち壊した、攻撃一辺倒の攻めまくりのスタイル!
おれは、迷ってた進路を一瞬で決めた。ぜったいこの高校に、このサッカー部に入る!
上手い、なんてもんじゃない。あの二人は超高校級、スーパースターのモンスターだ。
「モンスター?なに言ってんのフルダテ」
「!!」
とつぜん降ってきた声に飛び起きる。
びびった!!声を掛けてきたのは、ミズサワだった。
「イシカワ先輩なら、いねーよ」
「いない?なに言ってんのミズサワ」
「選抜合宿」
「へ?」
「明日から行くんだって」
「うそ………」
「ちなみに、オダシマ先輩もいねーよ。ユースの選考会だって」
「まじかよー……」
楽しみでバクハツしそうだった気持ちが一気にしぼんで、ヘナヘナとそのまま元の場所に寝転がるしかなかった。
視界のはじっこにあった白のスニーカーがくるりと向きを変えて歩き出す。
何時だと思ってんだよ心配させやがってまじドンクサイやつだな帰ろーぜ、とブツブツ言うミズサワの声が離れたところから聞こえた。
何時だ?
取り出そうと思ったケータイがポッケにない。あーそっか、バッグごと玄関にぶん投げたままなんだった。
草むらを抜けて階段を上がり、停めておいたチャリにまたがる。
ミズサワはとっくに漕ぎ出してた。
「なー!ミズサワもどっかで練習してたのー?」
「おー」
前を向いたまま返事をしたミズサワに追いつく。そのチャリの前カゴにつっこまれたボール。グレーのパーカーの左肩あたりに土がついてた。
「えっまじで?どこでー?」
「河川敷んとこで」
「えっいなかったじゃん!あ、高崩橋のほうのグラウンド?」
「知らねー」
「はあ?知らないってなんだよ、もしかして北大橋まで行ってたの?」
「知らねー」
「教えろよケチ!」
「うるせーなフルダテに関係ねーだろ」
「関係ねーよ!でもいーじゃん!おれも誘えよ!誰とやってたんだよ!」
「誰だっていーだろ」
「ずるいよ!おれもミズサワとやりたい!」
「黙れ、まじうるさい」
やばい叩かれる!
急ブレーキかけて攻撃を避けたとこに、右手がぬっと伸びてきた。おれの頭のてっぺんを、いつもスパーンと思い切りよく叩く、手。
とっさに体を引いたけど、なかなか衝撃がやってこない。
おそるおそる見てみると、手は頭に触れる直前でピタッと止まってた。
なんだこれ一体なんのフェイントだ?!
「なっ、なんだようるさいって、いいじゃん、どーせ練習すんなら、一緒に………」
「やだよ、お前となんか」
やだよって、なんでだよ?今まではいっしょに練習してたじゃん………って、ああ、なんだ、そっか。
「…キライだから?」
「ん?」
「おれのこと。キライだよなミズサワは」
「ああ…うん。キライだ」
パチッと合った視線は、スッと外される。
あーあ、なんだよ。
避けられてるのって、やっぱ気のせいじゃなかったんだな。
入部の日に大ゲンカしたときからわかってたことだ。
まあ、しょーがない、けど。
「おれはお前好きだ、わりと」
「…は?」
でも当たり前だよな。
自分よりもサッカー下手で、しかもキライな相手となんて、練習したいと思わねーよな。
おれは楽しかったのにな。
つーか楽しかったのって、おれだけだったのかぁ…。
「あーぁ、つまんねーの…」
「おいフルダテ、てめー今なんつった」
「は?なにが」
「なにがじゃねーよ、もういっぺん言ってみろ」
「だから、ミズサワのこと好きだっつってんの!」
「うるせー黙れ!!」
「痛ッ!!」
結局頭のてっぺん叩かれた!
言えっつったのお前だよな?!
黙れって返し、おかしくねー?!
「フルダテって、なんなのマジで。どこまでバカなの?」
「本気で叩くことねーだろっ、いつもいつも!」
「ふざけんなよ、二度と言うな」
くそ、マジ痛い、舌噛んだ…!
睨んだつもりが睨み返された。吊り上がったネコ目、これはまじで、キレてるときの目。
だったはずだけど、視線はやっぱり外される。意外にも2発目のパンチは飛んでこなかった。
ミズサワはそのまま、振り向かずチャリをこいでく。
街灯の下を通り過ぎた茶髪は、すぐに見えなくなった。