ICE CANDY BABY
□うまくできるだろうか
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あ、起きちゃった。
「…………え?」
白いほっぺをつんつんしてた指を慌ててひっこめる。
ミズサワは、おれと目を合わすなりマヌケな声を出した。裏返りすぎてひっくり返って三回転半くらいしちゃってるけど。
「フ、フルダテ」
「ミズサワお前、すげー、声…」
あ、あれ?
ツッコミ入れたけど、おれの声のがよっぽどひどかった。ガサガサだ。
「え…え?な、なんで」
「え?」
「なに?え、なんなの?ちょ、フルダテ…?」
「なにって?」
どもり過ぎだし。
言ってやりたかったけど、喉が変な調子でうまいこと動いてくれなかった。
つばをムリヤリ飲み込むと、顔じゅうペタペタ触られた。
「な…、え、フルダテ、なんなのその顔」
どの顔?おれの顔?
「…きもい」
「はぁ?!ミズサワてめー!」
あっ、声出た!
「真顔でキモイはさすがに無しだろ!ブサイクは言われ慣れてるけどっ」
ものすごい真剣な目で見つめられて、顔じゅうを撫で回してた手がおでこに当てられる。
「…熱は、ねーな」
「何なんだよ」
「…」
「ん?」
「…フルダテ」
「なに」
「…」
すっげー見られてる。じーって、音がしそうなくらい、見られてる。
でっかいネコ目は、寝起きでもパッチリ二重だ。
まばたきも忘れてるらしいミズサワが、床に座り込んだままポツリと言った。
「なんで、笑ってんの」
「…え、へへ」
なんでって言われても。
ミズサワのいつもはキリッとしたまゆげが、困りました、みたいに寄せられてる。
「お、おい」
「ぶっ、はは!どもり過ぎだから!」
「フルダテ、まじで、お前、大丈夫か、壊れちゃったのか、どっか、痛いか」
「あはは!なんだよそのカタコト?!」
嘘みたいに整った顔がめっちゃ焦ってて、もうおもしろ過ぎて笑いが止まんなくなった。
なのにミズサワはツッコミもボケもしないで、もう一度おれのおでこに手を置く。
熱なんかねーし。そう言ったらこんどは、背中とかケツとか腹とかぜんぶペタペタ触られた。
「わっ、なに!くすぐったい」
「…」
「ひひ、くすぐったいってば、ミズサワ」
「…な、どっか痛くない?気分悪くない?」
マジメな顔。真剣な声。
え、なに?何なの?
「…ミズサワ、怒ってんの?」
「なんでそーなる」
「だって!」
「怒んのはお前だろ。泣くとか殴るとか、しねーの?なんで?」
「え、なんでって…」
「つーかしろよ!なに笑ってんだよ!バカか!」
あ、治った。コレ、いつものミズサワだ。
怒鳴んないし叩かないミズサワなんてニセモノだ!
こいつがアタフタしてるとかオカシイもんな。よかった、またなんか怒ってんのかと思った………てか、怒っちゃったな、今。
マズイ。
勢いよく立ち上がったかと思うと、ドタドタと部屋を出てってしまった。
手ぇ伸ばしたけど間に合わなかった。
今何時だろう。
窓の外はまだ、真っ暗。
部屋がシーンとしたのは一瞬で、すぐに階段を上ってくる足音がドンドン響いてドアがバーンって開いた。
「起きれる?」
俯せに寝転がったまま、目だけ動かしてミズサワを見上げる。
「飲み物、持ってきたから。ほら」
どっちがいい?と差し出されたペットボトルは、ポカリとサイダーだった。
…オカシイ。
いつもだったら、おれに選択肢はない。
メシの前に甘いもん飲むな!って、ミズサワは怒るんだ。おれ、サイダーのほうが好きなのに。
「起きれそう?」
「…」
「フルダテ」
「…」
「しんどい?」
ぜったいオカシイよ。
これ、サイダー選んだら、フタ開けた瞬間にブシューッて爆発するパターンだ………
「ほら」
なに企んでんのか考えこんでたら、背中を抱えて起こされた。
フタを開けたポカリを手に持たされる。
一口飲むと、体がカラカラだったことに今さら気づく。一気に飲んだおれを見て、ミズサワもサイダーを開けた。
「あ」
「ん?」
「サイダー…」
「飲む?」
頷くと、ほら、と空になったポカリとサッと交換される。
…オカシイ。
ちょっとだけ飲んで、サイダーをミズサワに返す。
「もういらねーの?」
「…」
「なあ、ほんとにどっか、痛くない?あ、腹減ってる?食欲はある?あ、暑い?」
「…」
毒入り?じゃないか。こいつも飲んでたし。
でもオカシイよ、あっさりくれるなんて。
なに企んでんのか、考えてはみたけどサッパリ思いつかない。
「なあ、大丈夫かよ。眠いの?寝る?」
へんなミズサワ。
「フルダテ」
オカシイよ。
なんだよその、優しい声。
「…痛い」
「え!どこ?!」
「…」
「どこ痛い?腹?頭?」
「…」
「大丈夫?な、どこ痛いの?」
「あ、頭、かな」
「どんな感じ?ズキズキする?熱っぽい感じ、する?寒い?」
「う、うん、する。あーイタイ、イタタタタ…」
「頭、だけなんだな?痛いの」
「うん、そう、頭だけ」
「フルダテ、お前押さえてんの、腹だけど」
「!!」
「…ほんとは、どこ痛い?」
「…」
「大丈夫、なんだな?」
小さいため息が聞こえて、肩を抱いてた手が離れていってしまった。
…やっぱりオカシイ。
ウソつくなバカってひっぱたかれるかと思ったのに。
ほら、ってタオルケットかけられた。
ちょっと横になっとけタクシー呼ぶから、ってミズサワはケータイを掴んだ。
「眠くねーし、寒くねーし!てか、タクシーって、なんで?おれ、どこも痛くないよ。病院とか、いかない…」
「いや、家まで送るから」
「え、家?」
「チャリの荷台はしんどいだろ」
「えっ、でも」
電話番号押してる細い指を眺めてたら、視線を感じたのかその動きがピタッて止まった。
くるりとこっち向いたネコ目。きれいなカタチ。
「…なにニタニタしてんだよ」
「んー、べつにーっ!」
「まあいーけど…つーか立てる?」
「う、うん」
「タクシーさ、畑の向こうの交差点んとこに来てもらうからさ。そこまで、歩ける?」
「えー…」
「無理そう?」
いや、ぜんぜん立てるけど。
なんでおれ、さっきから病人扱いなんだ?交差点なんかすぐそこだし。
なんて言っていいかわかんなくて黙ると、ミズサワも黙った。
いつもだったら、どーなんだよさっさと答えろよどんくせーやつだなって、言うのに。
そのまましゃがみこんで、ほら、って背中向けられた。
「…おんぶ?」
「うん。乗れよ」
「ムリ」
「え、そんな動けない?」
いや、ちがうだろ。
そこは、うるせーないーからさっさと乗れよどんくせーやつだな、だろ。
つーかあれだろ、乗ろうとした瞬間になんか、プロレス技かけてくるつもりだろ?
「ミズサワ」
「うん?」
振り向いた、ムダに整った顔だけはいつも通りだけど。
ミズサワは変わっちゃった。
「痛い」
「…今度はどこだ、言ってみろ」
「足」
「あ、あし?」
甘ったれんなバカ、とは言われなくて、足っていうパターンは初めてだな、どっか捻った?ぶつけた?って言われた。
怒鳴んないし叩かないミズサワなんてマジで、気持ち悪い。
「ちょー痛い、ムリ、立てない動けないー」
「…」
お?
マジで怒鳴んないぞ。
「あー眠くなってきた。眠い眠いー、ねよっかな」
「…」
おお?
いつもスパーンって頭引っ叩く手、動かさないぞ。
「…寝るか」
それだけ言って、立ち上がる。
「ど、どこ行くの」
「一階のソファーで寝る。なんかあったら呼べよ。オヤスミ」
「だっ」
「だ?」
「だめだ!ミズサワはおれと寝んの!ほら!」
「…」
ベッドの半分空いたスペースを指差して言うと、すっげー微妙な顔された。
ああ、マジで怒鳴んないし叩かないぞ。
ほんとにミズサワは、変わっちゃった。
「フルダテってほんっと…どーかしてるよ。おれ、とんでもないのに捕まったよな…笑えねー…」
「へへ」
「笑ってんじゃねーよ、マジで…」
ブツブツ言いながら電気を消して、ゴロンと隣に寝転がる。
おれの小さい鼻とはぜんぜん違う、シュッとした鼻をつんつんしてるだけで、自然と顔がにやけてくる。
窓から入ってくる、夏の始まりの風は涼しかった。
ミズサワはおれのこと、ダイキライ。
そんなのやだけど、別にいい。
別にいいけど、やっぱやだ。
行ったり来たり、自分のキモチなのに意味わかんねー。
突っ込まれてるときはべつにどこも体は痛くなかったのに、なんでか涙がボロボロ出たし。
「いつもみたいにして」
「はいはい」
「オヤスミー」
「ん…」
面倒くさそうに返事しながら、いつもみたいにぎゅっとしてくる。
こうしないとおれが、ベッドから落っこちるから、らしい。
知ってる。自分のベッドでも二日にいっぺんは落っこちてるし。
やっぱ自分ち、帰ればよかったかな。
いつもだったら、ぎゅっとされたら一瞬で、夢の中なのに。
くっついた体温はいつも通りなのに、心臓の奥のほうが痛くて、とても眠れそうにないや。
ミズサワもおれのことダイスキになったら、この痛いのもどっかいくのかな。
…なんつって、ついさっきダイキライって言われたばっかだっつーのな。
ダイスキ同士でこんな風に、くっついていられたらいいのにな。
いつか、うまくできるかな。
グルグル考えてはみたものの、結局ぎゅっとされたら一瞬で、夢の中だった。
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next→やっぱあいつ、キライ!