ICE CANDY BABY
□やっぱあいつ、キライ!
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「おおっ!!…うぉお?!…うわ、すっげー!!」
「…フルダテうるさい」
「なーそれ、どーやってんの?!」
なんであれ、ゴール手前でグニャって曲がるんだ?!
フツーに蹴ってるみたいなのに、こう、シュッといって最後、ギュンって!
「なー!どーやったらそんな回転かかんのー?」
「…」
「こう?あ、こうか?!なーなー、ミズサワー!」
はい、シカト。
いいもん、知ってる。ここんとこミズサワは、いつもこんな感じだ。
すっげー集中力で、こーやっていくら話しかけても体当たりしても、チラリともこっちを向かない。
部活終わって、今日はいつもの新山舟橋んとこのグラウンドからちょっと遠出した。
真滝橋んとこにある錆びたゴールに向かってずーっと、ボールを蹴りこんでる。
今日の部活でやってたシュート練習が、納得いかないんだろう。
納得いかないっつーか、部活自体が物足りないのかも。
合宿が終わってから、おれら一年生もけっこうキツイ内容の練習メニューに変わった。けど、ミズサワにとってはきっと余裕なメニューなんだ。
「ミズサワのチビー」
「…」
「デブー」
「…」
「デベソー」
はい、シカト。
おれも一人でドリブルとかしてたんだけど、シュート練習が終わる気配はない。
「なーってばー!練習ー!しようぜー!」
練習したいっていうから、このグラウンド教えてやったのに!
毎日いっしょに練習するって、言ったのに!
約束、したのに!
「ミズサワの嘘つき!!」
叫んだら、急にクルッて振り向いた。
あ、あれ?
「フルダテ、すげーじゃん」
夢か?!
ちょーニコニコしてる!!あのミズサワが!!
バッグから引っ張り出したタオルで汗をガシガシ拭いて、こっちを向いた顔はやっぱりニコニコ笑ってた。
やばい、なにこれ、いつもヤナギとかコマツとかセンパイ達とかにばっかり笑ってて、おれにはめったに見せてくれない顔だ!!
「なに?!すげーって、なにがっ?!」
「お前、言えるようになったんだな!マトモな悪口」
「え…、え?」
「褒めてんだよ」
「んん?なにを?」
「チビとかデベソとかは相変わらずハズレだけど」
「え、えっと……」
「フルダテ、ちょっと賢くなったんじゃねーか」
「え………」
「うん。エライぞ。よしよし」
「………えへへ」
細い指で髪の毛くしゃくしゃに混ぜられた。
こーされるのちょっと、久々だ!
「あ、あのさっ!ミズサワ、もう終わり?」
「んー?」
「シュート練習、おしまい?」
「おう」
「やった!じゃーやろーぜ!」
「やらねー。おれもう行くから」
「はあ?!」
明るい黄色のタオルをカゴに突っ込んで、ミズサワはさっさとチャリにまたがった。
「どこ行くんだよ?!まだおれと練習してねーじゃん!」
「だからやらねーっつってんじゃん」
「なっ、まじで帰んの?!」
「じゃーなー。また明日ー」
「って、そっち反対方向!どこ行くんだよー!待てコラ!!」
荷台を掴んで両足を踏ん張ったら、やっと振り向いた。
顔が整ってるやつの無表情ってのは、なかなか迫力がある。
けど、約束したんだから、ここで引き下がるわけにはいかない!
「離せよ。おれ、用事あんの」
「用事って、なに!!」
「フルダテには関係ねーだろ」
「いてっ」
ビシッと目の前に突き出された人差し指に思わず黙ると、そのままおでこを突っつかれた。
両手でおでこを押さえたおれを見て、ミズサワはまたニコッと笑った。
そんな顔向けられたらおれは、黙るしかない。
「おれもフルダテのことなんか、キレイさっぱり忘れてやるんだ」
「はー?なんだよそれっ」
「ついてくんなよ」
「いかねーよバカ!!」
「じゃーおつかれー」
「あっ、違う、今のナシ!おれも行く!!」
あわてて手ぇのばしたけど、ペダルを踏み込む足のほうが早かった。
すっかり陽は暮れて、照明も落とされた真っ暗な河川敷。
立ち尽くすおれを残して、颯爽とチャリを漕ぐ後ろ姿はあっという間に遠ざかる。
「約束したのにー!ミズサワの忘れんぼー!いじわるー!嘘つきー!」
思いつく限りの悪口を叫んだら、すげーよフルダテぜんぶ正解だよーってふざけた声が返ってきた。
…なんか、なんかよくわかんないけどこれは多分、褒められてない!!
むっかつく!!やっぱあいつ、キライ!
ダイスキと同じくらいダイキライだ!!
* * *
ムカムカしながら一発思いっきり蹴ったら、意外とうまい具合に回転かかったボールがネットを揺らした。
あ、こんな感じかな?
ミズサワがやってたみたいに、足の甲で、こーやって…
見よう見まねで練習して、汗だくになって寝転がったところに、メシだぞっておとんが迎えに来た。
「おとん、ちょっと練習付き合って」
「だめだめ、もう帰るぞ。おかんも心配してたぞ。ヒロ、こんな時間まで帰ってこないから。携帯も玄関に置きっぱなしだし」
「いーじゃん、ちょっとだけ!シュート見てて!お願い父ちゃん、お父さん、あ、お父様!」
「んー、じゃあ、ホントにちょっとだけな。おかん怒ると、怖いからな」
結局、最初の一発はやっぱマグレだったらしい。ズバッ!って感じにネットを揺らすミズサワが打ってたみたいなシュートは、できなかった。
家に帰ったら、鬼に変身してたお母様に、ふたりで並んで怒られた。
「遅くなるなら連絡くらい入れなさいって、携帯電話は携帯しなさいって、何度言ったら分かるの?それに、迎えに行った人まで帰ってこなくなっちゃうなんて、どーゆう訳なの?」
「………」
「まったく、一体誰に似たんだか…。これだけ何度も同じこと言われてて、ちょっとは賢くならないものかしらね」
「でもっ、おれ今日、賢くなったって言われたよ!」
「…あら、そう。誰に?」
「ミズサワに!エライって、褒め、られた………」
「………」
「………母ちゃん?」
「ミズサワくんは、優しいわね。ホント、気遣いの出来る良い子よね」
「うん!」
「最近遊びに来ないじゃない。また晩ごはん、誘ってらっしゃいよ」
頷くと、おかんは立ち上がって台所に入ってった。一通り怒って、スッキリしたのかな。わざわざ、温め直してくれてるみたいだ。
差し出されたハンバーグの上には、なぜか、グリンピースがこれでもかってくらいに山盛りになってた。
ミズサワが好きな緑のヤツ。
ブニブニしてて、モソモソしてて、おれはぜったい食えないヤツ。
おかんは黙ってたけど、ニコッと笑った目が、「残さず食べなさいよ」って、言ってた。
…なんか、よくわかんないけどやっぱりあれは絶対、褒められてなんかないみたいだ!!
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