ICE CANDY BABY
□宙に浮かべたらば
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「フルダテ、カラオケ行こうぜー。ヤナギも行くってよー」
「あ、ゴメンおれ、サッカーするから!」
「また自主練かよー。ミズサワも誘ったのに、断られちゃったしー」
「え、そーなの?ミズサワ、もう帰った?」
「うん、多分ね。先輩たちとなんか話してたみたいだけど。じゃー頑張ってねー」
「ん、また明日な!おつかれー!」
夏休みも、気づけば残りはあと10日。
今日はわりと早くに部活が終わった。
夕方になってもしつこくジリジリ照り付ける太陽を背中に浴びながら、コマツたちと別れてチャリ置き場まで猛ダッシュ。ミズサワ、発見!!
「ミズサワー!待てー!河川敷行こうぜ!こないだのシュート教えろ!!」
「イヤだ。おれ用事あるから」
「嘘つきはドロボーのはじまり!!」
「うるせー離せ」
「約束しただろ!毎日いっしょに練習するって、言った!!」
今日こそ、言ってやったぞ!
約束は守んなきゃいけないんだ!破ったらグリンピース地獄なんだ…。
ミズサワのエナメルバッグを両手でしっかり掴む。
やっとおれと目を合わせたかと思うと、むーっと尖らせてた口を開いた。
「その約束も忘れたいんだけど、いい?」
「だっ、だめに決まってんだろ!」
「だよなー。うーん…やっぱ謝んなきゃだめ?」
「謝ってもだめ!」
うーん、でもなあ、ってそんな顔して言ったって、だめったらだめだ!
晴天続きの夏休み。せっかく時間はいっぱいあるのに、ぜんぜんミズサワといっしょにサッカーできてない。
思い返してみれば、合宿んときにヤナギと三人で河川敷に行ったきり、練習付き合ってくれてない!
まだ明るいこの時間に、カラオケ行ったりまっすぐ帰るなんて、もったいないのに!
「なーなー、用事ってなんなの?どーせサッカーしてんだろ?どこでやってんの?」
「知らねー」
「知らねーって何なんだよ、自分のことだろー?やっぱ高崩橋のほうのグラウンド?」
「タカナダ橋?」
「違うんだ?じゃー北大橋んとこの空き地?もしかして柴宿橋にあるグラウンド?あっ、陸中橋の近くの体育館?」
「体育館?そこでサッカー、できんの?」
「うん、知らねーの?サッカー用のグラウンドあるよ。市民体育館で、ジムとかプールとかもあるとこ」
「へー、ジムなんてあるんだ。予約とか要るの?」
「ううん!そんな混んでることないし。わりと新しくできたとこでさ、色んなマシンあって楽しいよ」
「そーなんだ。こっから遠い?」
「んー、チャリで30分くらいかなー。千厩橋んとこからバス出てるよ」
「センマヤ橋か…」
「行く?今から行くっ?ミズサワ、いっしょ行く?」
「行かねー」
「うるせー行くぞ!」
ミンミン鳴いてる蝉に負けないように声を張り上げたけど、うるせー黙れってチョップされた。
毎日部活でいっしょに練習してんだからいーだろ、ってミズサワは毎回言うけど、あの約束はそーゆうんじゃないのに!
てゆうかどーせサッカーすんなら、誘ってくれたっていーのに!
「ミズサワのケチ!忘れんぼ!嘘つき!いじわる!サイテーだ!」
「おお、フルダテお前、どんどん賢くなるな」
「褒めてねーだろそれ!知ってんだからなっ!」
「とりあえず治せよ」
「へ?」
「足首。痛いんだろ」
「あ…」
今日、部活中になんとなく、右の足首に違和感があった。
痛い、までいかないけどなんか、変な感じ。
捻ったかなあ。いつから変なのかも思い出せないくらいの、ちっちゃな違和感。
校舎の周りのランニング中、気づいたのはユタカ先輩だった。
「フルダテ、右足どうしたの?」
「えっ!!あ、う」
どうって、なにが?どうもしてないし!
急に話しかけないで!しかもそんなキレイな目でまっすぐ見ないで!何て返事したらいいかわかんなくなったとこに、ミズサワが寄ってきた。
「どうかしたのか?」
「いや、べつに、なにも!」
「なんか庇うように走ってたから、ケガでもしたのかなって思ったんだけど。大丈夫?」
「あ、…は、ハイ」
「そっか、なら良かった」
ミズサワの背後にまわり込みながら何とか答えると、ユタカ先輩はイシカワ先輩のとこに走っていった。
何なんだ。自分でもそこまで気にしてなかった、てか気づいてなかったのに。どんだけ周りのこと見てるんだあの人は。
「へーきなのか?」
「うん」
頷いて、ミズサワと並んでいつもよりゆっくり走った。
「なー、おれべつに足なんて痛くねーし。いっしょにサッカー、しようぜ!」
「だめ。今日は帰って休め」
「でも!」
「そーゆう時に無理すると、ホントにケガすんだぞ」
「でも…だって、じゃあいついっしょにサッカーできんの?ミズサワ、ぜんぜん練習付き合ってくんないじゃん!」
「そうだねー」
「ねー、じゃねーよ!」
そんなふうに首かしげてかわいく言って逃げようったって、だめなんだからな!
チャリの鍵を外したミズサワをみて、おれも慌てて自分のチャリを取りに行く。
また不意打ちで逃げられたらたまんない!
行く方向はどうやら同じらしい。いつもの川沿いの帰り道だ。用事って、何なんだろう。サッカーバカなコイツが、サッカー以外のことしてるようには思えないんだけどな。
水色のアイスをかじりながら並んでチャリをこぐ。
ミズサワは「メシの前に甘いもん食うな!」っていつも怒るけど、自分だってわりとしょっちゅう、山ノ目屋の誘惑に負けてる。
「フルダテってほんと、サッカー好きなー」
「うん!お前も好きだろー!」
「別に、おれじゃなくてもいーだろ。センパイにでも教えてもらえよ。ユタカ先輩とかオダシマ先輩なら、面倒見いいし引き受けてくれんだろ」
「う…でも、おれはミズサワとやりたいの!」
「お前も分かってんだろ。おれは嘘つきだし最低なことしかしねー」
「しかも約束破るしな!ほんとサイテーだよ!」
「しかも謝りたくねーし」
「謝ってもだめだっつの!ぜったい許さねーからなっ!」
「…」
「いっしょにサッカーするって、約束した!」
「何とでも言え。殴り飛ばしてもいいし親とかに言ってもいいし、だからもう近づくな」
「はー?なんだよそれ…」
「お互い、サッカーがんばろう。お前はちゃんと、夢叶えろよ。きっちり努力しろ。とりあえず今日は体を休める日!じゃーな!」
アイスのかけらをパクッと口に放り込んで、ミズサワは一気にペダルを踏み込んだ。
マズイ、逃げられる!!
でも今日は、おれだってチャリ乗ってるんだ!ガリガリ君食ってパワーは満タンだ!フフン、追いかけて行ってやる!!
腰を浮かせて右足をペダルに乗せた、瞬間。
「うわっ?!」
「おい!」
電気がはしったみたいになって、足首がビリッと痺れた。
チャリごと倒れそうになったおれを、ミズサワの左腕が支えてた。
「何やってんだよ?!」
「ッ、痛ってぇー!」
「足首か?」
「うー、痛ってー…ん?あれっ?痛くない」
「嘘つくなボケ!」
「や、マジで!痛くはない、なんかビリビリするけど…」
「右足?」
「うん」
痛いような気がしたのは一瞬で、地面にそっと足を下ろしてみると、なんともなかった。
むしろ掴まれた右腕が痛い。
細っこいくせに力強すぎだろ!なんかやたら熱いし。足だけじゃなくて腕にもビリビリ電気がきて、ピクリとも動かせなくなった。
マジで痛い!言う前に手は離れてって、チャリを停めたミズサワがしゃがみこむ。
「動かせる?」
「ん、…うん、動く。もう痺れてない」
「なんだろうな、捻挫でもなさそうだし…」
「触んなっ!」
細い指がおれの足に伸ばされるのを見て、とっさに振り払ってた。
膝をついたままこっちを見上げたミズサワと目があって、グワッと顔に血が集まってく。
なんだこれ?!
「あっ、ち、違くて、べつにっ、痛くないから!」
うん、って言って立ち上がって、ミズサワはハンドルを掴んだ。
あ、やっぱ帰る気だコイツ、今日も練習付き合ってくれないんだ!
「おれも行く!!」
「意味わかんねーからマジで。なんで最低なやつだって分かってて、くっついてくるわけ?」
「な、なんでって…」
「いや、ムダな質問だった。理由を聞きたいわけじゃねーんだよ。言いたいのは、もうくっついてくんなってこと」
「えっ!でも…、やだよ、だって」
「だってもクソもねー、分かったな」
分かんねーよ、いや分かってる、ミズサワはおれのことダイキライ。
でも、だって。
なのに、なんでいっしょにサッカーしたいのかって。
「なんでって、だってスキだから!」
「はいはい、じゃーガンバレ」
「おれミズサワのこと、スキだから!」
あ、危ない!
「オイ、なにやってんだよ?!」
声かける隙もなく、ペダルをズルッと踏み外したミズサワはバランスを崩してコケかけた。
なに?!
なんでおれ、すっげー目で睨まれてんの?!
別に蹴っ飛ばしてねーし!自分で勝手に転がっただけだろ!
「ミズサワ、だいじょーぶ?」
黙ってコクンとうなづいた顔は、いつもよりちょっと赤くなってる。
そりゃあ、恥ずかしいだろう…ひひ、かわいそうに!
ミズサワ、ざまぁ!
にしても、コイツのこんな顔ってなんか、メズラシイ!!
「まじでお前、なんなの…」
「おれ何もしてねーだろっ!ぷっ、ダサイ〜」
「なんでスキなの?」
「な、なんでって…」
「いや違った、理由はいらねー、言いたいのはふざけたこと抜かしてんじゃねーってこと」
「えっ!でも…、なんでって、だって」
「フルダテ。お前はおれのことキライだろ」
「うん!ダイッキライ!」
「だろ。嘘つくわ無理矢理やるわ約束破るわ、あと、えーとデブでハゲで、とにかくサイテーだ」
「そーそー、とにかくいじわるだ!」
「ホント謎だよ。だったらなんで?殴るなりシカトするなり、したらいーだろ。くっついてくる意味がわかんねー」
なんでって、だって。
ダイキライだけどダイスキだから!
そんなの、なんでって言われても…
プイッて、茶髪がそっぽ向いた。
沈んでく太陽の最後の強い光が、空も川もおれたちもまるごとキラキラ照らす。
突っ立ってても汗が流れてく。ジワジワ、鳴き止まない蝉の声のあいだに、ミズサワの「ちゃんと病院行けよ」って声が落ちた。
ヤバイ、行っちゃう、引き留めないと!
焦ったのに、なんか動けなかった。
ムシムシした空気を吸い込んだけど言葉は出てこなくて、拳を握りしめるしかできなかった。
ミズサワはチャリをぐんぐんこいで、さっさと離れてく。
今日も約束破った、サイテーだ!
ホントにムカツク、ミズサワなんてダイキライ!でもダイスキだ!
なんでって、だって、それは…
あれ?
なんでだ?
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