ICE CANDY BABY

□ラブレターヒストリー
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「フルダテくん。あの、これ」



部室へ向かう渡り廊下で声を掛けられた。
振り向くと、陸上部の女の子。同じ一年生で、何回か話したことあるような気がするけど、何て子だっけ、えーと、名前が出てこない。

「あ、あのね、悪いんだけどミズサワくんにこれ、渡してくれるかな」
「ん?ミズサワに?」
「うん、その、ごめんね、直接渡せばいいんだけど」
「なんか用事?呼んでこようか、たぶんいま部室にいるよ」
「えっ、でも」
「あ、てかおれ今から部室行くし、いっしょ行こっか」
「ううん!いいの!その、渡してくれるだけでいいからっ。じゃあね!」

パッと差し出されて、つい受け取ったのは、水色の封筒だった。
なんだこれ、ミズサワの忘れ物?手紙?宿題のコピー?だったらおれにも見せてほしい!

聞き返すヒマもなく、ごめんねよろしくね、ってパタパタと走っていってしまった。




***





ちわーす!ってアイサツしながら部室のドアを開けた瞬間、目の前にいたのは着替えてる最中のユタカ先輩だった。
バッと頭を下げてダッシュで隅のロッカーんとこに行く。


「あれっ?ミズサワ、まだ来てないの?」
「休みだってよー」
「は、えっ?ウソだろ?風邪?」
「いや、合宿だって」
「えっ?合宿って、何の?」

何だっけ?ってコマツに聞かれたヤナギが、知らねって答えた。

「なんだっけ、たしか、イシカワ先輩が行く予定だったやつだよ。先輩、辞退したらしくて。それで代わりに、とかなんとか?」
「代わりって、そんなんで参加できるもんなの?」
「いや詳しくは知らないけど。二学期には戻ってくるって言ってたよ」

つまんねーの、明後日までアイツ、いないのか。
それにこれ、忘れないうちに渡しちゃいたいんだけどな。
とりあえずベンチに封筒を置いて、一年生にもやっと与えられた青のロッカーに荷物を詰め込む。

「お?フルダテ、なんだそれ」
「ああ、なんか陸上部の子がさあ」
「女かっ?!」
「うんそう、何だっけ、名前ど忘れしちゃったんだよ、たしかコマツと同じクラスのさあ」

言い終わる前にみんながわっと寄ってきて、封筒は取り上げられてしまった。

「女!フルダテにオンナ!!」
「えっ、マジでー?!ちょっと見せろよ!」
「だめだよ、おれのじゃないもん。預かっただけだから」
「は?じゃあ誰の?」
「誰だっけ、ホラ、髪短くてさあ、目でかくてさあ…ミズサワに渡せっつって、すぐ行っちゃったんだよ」

なんだミズサワ宛てかあ、とつまんなそうに言って、みんなはまた着替え始める。封筒はポイッと手に乗せられた。

結局あの子はなんて名前なんだろう。
水色の封筒には花の模様がついてるだけで、文字はなんも書いてない。

「陸上部ってみんな、髪の毛ショートだしなあ。まあ、名前は中に書いてあるだろ、きっと」
「そっかあ」
「あっ!マズイってフルダテ、勝手に開けるなって!」

でかい声を出したヤナギに、もう一回パッと取り上げられた。

「あ、だよな…でも現国だったらおれも、見せてほしいんだけど」
「えぇ?げんこく?何言ってんのフルダテ」
「ヤナギは宿題、終わったの?古典も見せてもらえたらスゴク助かるんだけど」
「フルダテ、違うよ。宿題のプリントじゃなくて、これはあれだよ、ラブレターだよ」
「違うの?え、ラブレター?」
「たぶんそう。いや、たぶんってか絶対、そう。普通なんとなく分かるっしょ」
「ラブレター…?」
「うん。プリントだったらわざわざこんなに畳んで封筒に入れないっしょ。本人に直接渡すっしょ」
「え、なに?ラブレターってなに?」
「なにって…好きです付き合ってください、みたいな?」

みたいな?、って、なんだ!
ほい、と戻された封筒から、慌てて手をひっこめる。

「フルダテ?」
「なに!ラブレターって、なに!え、好きなの?付き合うの?」
「それはミズサワが読んでから決めるんだろ。どうするのか」

どうするのか、って、どうするんだ!
ミズサワに聞けよ、って笑ったヤナギが、おれの頭に封筒をヒョイって乗せた。

「や、やだよおれ!絶対渡したくない!ヤナギ渡しといて!」
「えぇ?なんでだよ?それくらい面倒臭がるなよ」
「なんででもっ!絶対やだ!じゃあコマツ、頼んだ!」
「おー、いいよー。渡すだけでいいんだろ?」
「あっ、ダメだ!やっぱダメ!返して!」

バッと手を伸ばして奪い返したけど落っことしてしまった。
中に書いてあるらしい、好きです付き合ってくださいって文字を触んないように、角んとこをそーっと持ち上げてみる。

「なにやってんだよ、フルダテ」
「どーしよう、コレ…」
「どうしようって、どうする気だよ。渡しなよ、普通に」

フシギそうな顔して言うコマツとヤナギに、うんって頷けなかった。

どーしよう、こんなの絶対渡したくない!
コマツに渡してもらうのもいやだ。でも持ってるのもやだし、ロッカーに入れとけばいいかな?
けど好きです付き合ってください、をミズサワが読むなんて絶対やだ!





「ラブレター?ミズサワに」
「えっ、あ、う…」

水色の封筒をじーっと見てたら、後ろからふいに声がした。

「フルダテ、渡してくれって頼まれたの?」
「は、ハイッ」
「ふうん」

聞いてきたわりに、興味あるんだかないんだか微妙な返事をしたのはユタカ先輩だった。

「フルダテ、自分で渡しなよ。誰かに頼むとかロッカー入れとくんじゃなくて、直接。その方がいいよ」

気づかないうちに落っことした封筒を、ユタカ先輩が拾ってくれた。
な、フルダテ。って、渡されても!!

でかい声で話してたから聞こえちゃったの?ヤバイ、おれらそんなうるさかった?怒ってる?てか急に話しかけないで!せめて服着てからこっち来て!なんでそこがそんなにピンクなの?!

コマツもヤナギも、一年生はみんな固まってた。きっと、みんなの頭の中もおれと同じことグルグルしてる。
おれらの心の叫びが聞こえたのか、オダシマ先輩がユタカ先輩にボスッとTシャツを被せた。

「うわっ!何すんだよオダシマ」
「裸でウロウロすんな」
「ハダカじゃないよ、下ちゃんと履いてるし」

そういう問題じゃないんです!っていうおれらの気持ちを読み取ってくれたらしいオダシマ先輩は、サッカーうまいし気がきくし、優しいし男前だし最高だ!
てか、付き合ってるならイシカワ先輩こそ気をきかせてほしいんだけど、大抵見向きもしない。今も、二年の先輩たちとケータイかなんか覗き込みながらワイワイしてる。

文句言いながらも紺色のTシャツに袖を通してくれたユタカ先輩が、ほら、と差し出す。

「な。自分で渡せよ」


ハイともイイエとも言えないまま、なんとか手を動かして受け取った、水色の封筒。


好きです付き合ってください、の言葉が中に眠ってる、ラブレター。


とりあえずロッカーに押し込んで扉をバンッと閉める。


ラブレター?!ラブレターだって、どーしよう、コレ!!
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