ICE CANDY BABY

□こんなことは言いたくないのさ
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僕たちの最大の弱点は諦めることにある。
成功するのにもっとも確実な方法は、常にもう一回だけ試してみることだ。

10本連続でシュートを外しても僕はためらわない。
次の1本が成功すれば、それは100本連続で成功する最初の1本目かもしれないだろう。



「なにそれ?」
「これに載ってた。マイケルジョーダンの名言だってさー」
「へー。それってつまり、どうゆうこと?」
「さあねー。もう、おれが聞きたいよ…どーゆう意味なのさコレ」
「シュンちゃんもわかんないの?」
「わかんねー、サッパリわかんねー」


難しい顔して読んでた本を放り投げて、シュンちゃんはソファにひっくり返ってしまった。


「諦めずにガンバレって意味?」
「…だよねー。そうだよねー。ヒロもそー思うっしょ?じゃーおれ、諦めないで頑張っていーんだよね?」
「うん、たぶん」


最近、シュンちゃんはいつも難しそうな本を持ってる。哲学書とか、経済書とか。経済書ってなんだろう。ちゃんと読んでるとこは、あんまり見たことないけど。


今日もひとりで河川敷でボーッとしてたらシュンちゃんがラグビー部の友達と通りかかったから、練習付き合ってもらって、そのまま下宿に付いて来た。
藤根工業のラグビー部の人たちはみんな体がでかくて運動神経もよくて、体当たりされてもふらつかない重心の取り方とか教えてくれるから、いつもと違った練習できてすげー楽しい。

しかも、帰り道はラーメンとかアイスとかおごってくれる。
それに、ここで待ってればもしかしたらミズサワに会えるかもしれない!


「その本も、好きな子にもらったの?」
「好きじゃないし、あんなヤツ」
「えっ、好きじゃないの?嫌いになったの?」
「いやー、んー…、そーゆうわけじゃ、ないんだけどね…」


こないだ河川敷で会ったときにポツッと話してたけど、シュンちゃんにはずっと前から好きな子がいるらしい。

1こ年上で、目つき悪いけどメチャクチャかわいくてケンカが強くて、頭がいいけど口が悪くてシュンちゃんのこといつも「筋肉バカ」って言って、これ読んでちょっとは賢くなれって難しい本を渡してくる、らしい。


テーブルにポイッて置かれた本をパラパラめくってみるけど、絵が一個もなくて細かい文字がギッチリ並んでる。
こんなの眺めてたらすぐ眠くなっちゃうのは、シュンちゃんも同じみたいだ。
嫌いになれたら楽だよなー、ってなんかモゴモゴ言いながら、ソファの上をズルズルと移動しておれのももに頭をのっけて目を閉じてしまった。


「旅に出るんだって」
「へ?誰が?」
「この本よこしたヤツが」
「へー!旅って、どこに?」
「さぁねー。だからシュンスケとはもう会うことねーなバイバイ、とかアッサリ言いやがって、なのにこんな本よこしやがって…」
「ふうん?」
「だいたいさぁ、エッチまでしてんのに付き合ってるつもりなかったとか、やっぱりおかしくねー?セフレって何なんだよマジ意味わかんねー、おれずっとカンチガイしてたんだよー…」

なんて返事していいかわかんなくて黙ったら、パチッて目を開けたシュンちゃんが笑った。

「うわー、おれ恋バナとかしちゃったよ、なんか痒いよなー!ごめんごめん、変なこと言ったー」


あははー、って笑いながらでかい手を伸ばして、おれの髪の毛をワシワシかき混ぜた。
シュンちゃんがどんな顔してるのか見えなかったけど、笑ってるのにあんまり楽しくはなさそうだ。


「シュンちゃん、アイス食べる?」
「えっ?」
「あっ、サイダー!サイダー飲むっ?」
「いや、おれまだジュースあるし…」
「わかった!メシだ!なんか食う?台所、借りていー?」
「さっき食ったじゃん。……あ、えっ?もしかしてヒロ、励ましてくれてんの?」


だって!シュンちゃんなんか、凹んでねー?
そう返事しようとした瞬間、ガバッと頭を抱きかかえられてソファに転がされた。


「もー!なにそれ!やばいカワイイんだけどー!」
「ちょっ、シュンちゃん!暑いっ!」
「あーもう、ほんとカワイイし……素直だしバカだし健気だし、アイツとは正反対だよ……」
「え?」
「おれマジで、ヒロのこと好きになれると思ったんだけどなぁー。春に振られてさ、そのあとヒロが下宿遊びに来るようになって、めっちゃ癒されたもん」
「う…」
「わはは!そんな嫌がるなよ!もーしないって、あーゆうことは」
「当たり前だっ」
「でもほんと、ヒロみたいな子を好きになればよかった」


らしくない、ちっちゃい声が耳のすぐそばで聞こえて、なんだかおれまで力が抜けた。
ポンポン、って肩のとこ叩いてやったら、ハァーってため息をついたシュンちゃんが急に「あ」って言った。


「おかえり、ミズサワ」
「………部屋でやってくんねーかな、そーゆうことは」


顔を上げたら、ミズサワが食堂のドアを開けたとこだった。
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