ICE CANDY BABY

□キスしてほしい
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ミズサワが熱出してぶっ倒れた、次の次の日の朝。

練習終わって、急いで制服に着替えて、部室出ようとしたらいきなり後ろから腕引っ張られた。


「痛っ!ちょ、何すんだよミズサワ」


びっくりして文句言ったおれの声に、先に出てったヤナギやコマツたちもびっくりした顔して振り向く。
けど、みんなの顔はすぐ見えなくなった。
ミズサワがバタンってドア閉めて、鍵までかけちゃったからだ。

ドアの向こうからの「先行ってるよー」って声に「うん、お疲れー」って答えて、ミズサワはおれの背中を青いロッカーに押し付けた。


「え、何?何なの?」


腕はきっちり掴んだまま、もう片方の肘をロッカーにつけられたら、キレイな顔がすぐ目の前に迫ってきてて逃げ場がない。


「ちっ、近い近い近い!何なのっ?!」


精一杯のけぞりながら叫んだら、ミズサワは「あ、そっか」って呟いた後、真顔で続けた。


「キスしていい?」

「……へ?」

「屁じゃねーよ、キス」

「きっ、き、き?!」

「だめ?」


って、こんな近くで、そんな風に首傾げられても!

覗き込むように見上げられて、鼻と鼻がもうほとんどくっついちゃいそうで、唇が勝手に震え出す。
カチンコチンになってまばたきもできずにいる間、ミズサワも動かなかった。
体をちょっと離して、じーっと、おれの返事を待ってる。

何?!え、ほんとにマジで、何なのこれ?!
おれ、今なんか怒らせるようなことした?!


「ミ、ミズサワ」

「なに」

「何じゃねーよっ、な、なん、何なんだよ…!」

「キスしていいかって聞いてんの」

「きっ?!きっ、ばっ、ばか、え、きっ?!」

「きーきーうるせえな、いいからさっさと“うん”か“はい”って言えよ」

「ウンか、ハイ?」

「そう。どっちでもいいぞ」

「……ソレなんかおかしくね?!」

「ちっ、ばれたか」


フルダテのくせに頭働くじゃねーか、って舌打ちしながら、ミズサワはおれの肩にコテンっておでこをのせた。


「ミズサワ、ほんとマジで、何なの?きっ、き、す、って、…な、何で?」


ひーひー息しながらどうにか言葉を絞り出したら、顔を上げたミズサワが「おれ、明日からまた遠征なんだよね。だから」って口を開いた。
うん、って頷いて次の言葉を待ったけど、それきり黙ってしまった。


「ん?遠征だから?」

「うん」

「いやウンじゃなくて、遠征だからって、何で?いきなり、そんな…」

「だって今しとかねーと、三週間くらいできねーもん。一方的にしても意味ねーし……それにフルダテってさ、キスってちゃんと言わないと、何されたのか理解できねーだろ?」

「理解?」

「口と口くっつけてヨダレつけるイヤガラセされた、とかさ。そーゆう風にしか受け止めてくれないだろ」


こっちは身に沁みてわかったんだよ、フルダテがどんだけバカかってこと。
って、何か失礼なこと言われながらゴツンっておでことおでこぶつけられた。
意味わかんないしムカツクし痛いし、けどそんなことよりもミズサワとの近さに、心臓がバクバクぶっ壊れそうだ。


「なー、していい?キス」

「だっ、ばっ、き、きすとか言うなバカ!!」

「わかった、じゃあ、ちゅーしていい?」

「だめ!!かわいく言ってもだめっ!!」

「えー、いーじゃんケチ」

「だ…、だって、無理…」

「お願い一回だけさせて」

「無理だよ、そんなのおれ、しんじゃう…」


さっきぶつけたおでこを、指先でペチンと叩かれた。
掴まれてたはずの腕は、いつのまにか自由になってたけど身動きひとつできなかった。
あっそー残念、って言いながら、ミズサワはあっさり回れ右して、自分のバッグを担ぎ上げる。


「じゃあ飯つくって」

「え、メシ?今日おれんち来んのっ?」

「いや、今日じゃなくて遠征から帰ってきたら。おれ、昼には出発するから」

「まじ?放課後の部活、出ないんだ?」

「うん。ちょっと実家寄んなきゃいけなくてさ、久しぶりにユキやケイコの顔も見たいし。そのまま遠征行く。そんで、再来週の金曜だったかな?戻ってくんの」

「そーなんだ…じゃあ戻ってくる日の夜、おれんち来る?なんか食いたいのある?」

「んー…あ、あれ食いたい。ゴボウとかニンジン、肉で巻いたやつ」

「えっ、あれ煮物じゃないけどいーの?」

「うん。すげーうまかったし。あれ食えるなら頑張れる」

「わ、わかった!おれ、つくるよ!」

「よっしゃ。頼んだ」


ガチャって鍵開けて部室出たところで、朝のホームルームが始まる本鈴が鳴った。

やべー!って二人でダッシュして、それぞれの教室へ別れる渡り廊下んとこで、じゃーなって挨拶代わりに拳を軽く合わせた。
「がんばってこいよー」って言ったら、ミズサワはニッと笑って「おう」って言って、上履きをキュッといわせておれに背中を向けて、走っていった。





それから何日か経って、カンガルーの写真がついたメールが届いた。代表チームの遠征先はオーストリアかオーストラリアかどっからしい。いっしょに遠征行ってる先輩が、コアラ抱いてる写メも届いた。
おれもメール送ったけど、やっぱり忙しいみたいで、返信がくるのは三通か四通のうち一回くらいだった。三週間はめちゃくちゃ長かった。
腹減ってんのにあんまりメシ食う気がしなかったし、疲れてんのになんでかよく眠れなかった。

あのとき、とっさに「だめ」って答えちゃったけど、やっぱり「うん」か「はい」って答えればよかったかもしれない。一回くらい、しとけばよかったかも。たった一回でも、バクバクしっぱなしだったおれの心臓は壊れちゃってただろうけど。
粉々に壊れて元に戻れなくなったとしても、きっと後悔はしない。

「していい?」って近づいてきたときの、ミズサワの声や指先の温度やまつげの長さが、何度も何度も頭に浮かんで消えなかった。






END.


■ ■ ■
next→最後の 最後の 最後はきっと

余談
その後のミズサワ視点→ユキとケイコ

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