ICE CANDY BABY

□普通ならきっと
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真夏のオーストラリアに来て一週間と少し。
無駄にきつい練習をこなしつつ、試合は順調に勝っている。
簡単な試合なんかひとつもなく、連戦が続いた体はもちろん、頭が疲れ切っていた。

大きいベッドに腰かけて、深く息を吐く。

サッカーって、こんなに頭つかうものだったのか。
脳ミソ疲れた。もうなんもかんがえたくない。

体の疲れはともかく、こんなに頭が、なんていうのかな、常にフル回転の猛スピードで動き続けていて疲れるっていうか痺れるっていうか、初めての感覚だ。

サッカーは思考のゲーム。
戦況を見て、考えて、動く。
言葉にしてみれば当たり前のことだが、キヨさんがすごいのは考えてから動くまでがほぼ同時だってこと。
そして、動きながらも常にその先を見て、考えている。
一瞬の判断、その的確さ。誰も追いつけないようなスピードで走っていく彼が、思い描いている景色。
もしかしたら自分も、一緒に見ることができるんじゃないか?
なんて、思い上がりかな。彼が蹴ったボールが軽やかにゴールへ吸い込まれていくのを、相手チームと一緒になって茫然と眺めることしかできなかったくせに。
いやでも、そんな夢みたいなことだって信じてみたくもなる。ちゃんと監督の指示に従わなきゃとか自分の技術じゃ到底無理だとかいくら言い訳を並べても、あんなゴールを目の前で見てしまったら、後戻りなんかもうできないんだ。
おれだけじゃなくチームメイトもみんな、夢中になってキヨさんの背中を追いかけている。

楽しい。サッカーって楽しい。忘れてたつもりはないけれど、久しく感じられていなかった気持ちを、まっすぐに呼び起こされたような気分。

だが、キヨさんの機嫌は悪くなる一方だ。

「みぃ」

おれのこと、まるで猫みたいにキヨさんは呼びかける。
ベッドに押し倒しながら耳の後ろに囁く。

「抱かせろよ」

雑な言葉とは裏腹に、髪を撫でる手は優しい。声には少し、甘えが滲んでいる。

だめです、と答えれば、素直に頷いてくれることはもうわかってる。
だけど、頷いてそのまま部屋を出て行ってしまうこともわかってる。そして抱いて眠るんだ、別の誰かを。

ほんと、ずるいなあと思う。
Yes以外の答え、許されてないじゃないか。

おれの返事を律儀にもじっと待っているのが、なんだか可笑しい。
ユタカ先輩の気持ちを考えたら、断固拒否したほうがいいんだろうなとは思うけど。
ほぼ初対面のチームメイトとか、現地のよく知らない女の子とかを抱くよりは、おれのほうが多少マシ…なんじゃないかな。うーん、どうなんだろう。
いいですよ、って答えるのもなんだか違う気がして、黙ったまま頷く。
フルダテへの返信は明日の朝にすることにして、携帯を放り投げた。
ちゃんとサイドテーブルに乗ったかどうか、見届けられないまま布団の中に引き込まれ。
3分も経たずにきこえてくる穏やかな寝息に、思わず笑ってしまった。
ひとりじゃよくねむれないから、なんて。ボール蹴ってる時はあんなにかっこいいのに、この人は。
ちょっと呆れるのと、かわいいなと思ってしまうのと同時に、おれだけじゃないんだと、何だかほっとするような気持ち。

日本代表チームに選ばれて、試合に出場できて。
横になった途端に眠り込んでしまうほど、大好きなサッカーに全力で打ち込んで。
これ以上ない程に、満たされているはずなんだ。
それなのに、どうしようもなく思い浮かべてしまう人がいること。
毎日毎日いっしょにいるのが当たり前だったのにこんな長い間会えないなんて、そりゃ不機嫌にもなるよな。

「あ、ヒサシ待って」
「みーくん、起きてたの」
「うん、悪いんだけどケータイとってくれない?」
「いいよー。じゃあおれにも抱かせてー」
「ばか」
「あはは。電気、消してくよ」
「ん、サンキュ。おやすみ」

今日も部屋を替わってくれたヒサシが、けたけた笑いながら出て行った。
あいつの動じなさ、ちょっと見習いたい。
抱かせろなんて物騒なこと初めて言われた夜。びっくりしすぎておれは固まったけど、ヒサシは爆笑して、写真まで撮ってたな。

抱き枕になったまま寝ちゃいたいけど、やっぱりメール、返さなきゃいけない気がする。
フルダテが寄こしてくるメール、意味不明なのはいつものことなんだけど、今日は一段とすごかった。

『いつなの?』

って、一言だけ。
何がだよ?前後の流れはまるっとシカト。

意味わかんなすぎるから返事のしようも無いんだけど、とりあえずリアクションしとこ。
そうしないとあいつ、なんで返事してこねーんだよってキレてくるし。あれこれ悩むエネルギーももう、あんまり残ってないし。

『おつかれ。
今日勝ったよ。
いつなのって、何が?』

送ると、すぐにケータイが震えた。めずらしい。返事寄こせってキレるわりにフルダテは、ろくに返事をしてこない。すぐ寝てしまうから。
表示されたのはまたしても、たった一言だけ。

『だいすきだよ。』

ケータイぶん投げてぎゅっと目を瞑る。
くそ。一瞬でも喜んでしまった自分に悪態をつく。
何がだよ。
まじで会話になってねえ、意味わかんねえ、やっすい勘違いしてしまった、どうせまた寝ぼけてるんだ、くそ。

無意識のうちに唸り声でも出てしまっていたのか、キヨさんの手がそっと頭を撫でてくれた。
いっしょに寝るなら裸はやめて心臓に悪いから、って言ったら、すんなり服を着てくれるようになった。
土産物屋で買ったらしい、コアラのイラスト入りTシャツ。ベビーピンク。かわいい。似合っててうける。
優しく撫でてくれるから、遠慮なく胸のコアラにくっついて眠った。あったかいな。落ち着く。いいにおいするし。最高。

抱きしめ合って、イライラ収まらない気持ちをどうにかなだめ合って、眠りにつく。

ひとりぼっちだ、どうしようもなく。
いくらメールをやり取りしたって、フルダテとは何ひとつ解り合えない。


 

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