蹴散らして 抱きしめよう
□蹴散らして 抱きしめよう
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ノンケとバイに恋してはいけない。
ゲイはゲイ同士で、仲良くしとくべきだ。
最終的に、やつらが選ぶのはやはり女だからだ。アタリマエ。
わかっちゃいるんだけど。
おれはよりによって、ノンケの男に恋をしてしまった。
***
そもそも接点なんてあるわけがなかった。
勉強ができるのはもちろん、スポーツもできて顔もよくていつも友達に囲まれてる、なんてゆうか無敵なあいつ、サトル。
県内で一番の進学校に入学したはいいがすぐにオチコボレ、でもまあいっかケンカしてセックスして毎日楽しいやーとふわふわ過ごしてるおれ。
あいつはおれのこと、アキって呼んだ。
給水塔のうえの特等席。学校で唯一タバコが吸える、屋上。
入り口の鍵はおれがぶっ壊した。だからここにいていいのはおれだけ。なのに。
あいつは堂々と寝てやがった。仰向けにごろんと。
声はかけないでわき腹を蹴っ飛ばす。
呻いて転がったくせに、きっちり受け身とってんじゃねえ。ムカツク、けど、ギロッと睨みつけてきた眼。それにはまじで、ゾクゾクした。
なんだこいつ。
気を取り直して、顎をひいて低い声を出す。
「失せろ」
こういうのは端的な言葉が一番、効果的だ。
ついでに睨みも添えてやれば完璧。
歩いてただけなのに、ガン飛ばしてんじゃねーって絡まれるのもしょっちゅう、誰もが認める目つきの悪さ。その威力にはまあ自信がある。
伸びをしながら扉に向かったあいつは、なんにも言わなかったしもう目も合わせなかった。
びびってる、だせー。
で、その日のことはすぐ忘れた。
…はずだった。
翌週、給水塔によじ登ると、長い足がみえた。
足首を左手で掴んで勢いよく引っ張る。寝ぼけた黒い眼がこっちを見た。
おれを視界に収めて、また瞼を閉じる。
「っておい!」
わき腹を蹴っ飛ばす。やっと起き上がって眼を擦った、あとに、蹴られたとこをさする。
「いってえ…」
「この場所、おれのだからさあ。帰って。で、二度と来んな」
「…お前の?」
そうだ、と頷く。呑気に胡坐かいてんじゃねえ優等生くん、ボコボコにされたいか。
半分閉じちゃってるその眼をしっかり開けて、校則ナニソレなこのおれの身なりをみて状況を察しろ。
たまにしか学校にこないおれのことを知らないのかもしれないが、今すぐ逃げたほうが身のためだ。
「おじゃましてます…」
ぺこりと頭を下げて、寝直す体勢に入った。ズルズルと隅っこに寄って。
は?なんなのこいつ?
なに微妙にスペース空けときましたんでドウゾ、みたいな寝方してんだ。
帰れっつってんだろ、という言葉の代わりにもう一発、蹴りを打ち込む。今度はまじで、加減なし。にぶい音、気持ちいい。
うう、と声がしてやっと立ち上がった。こないだも思ったけど、でけえなこいつ。だがちょっとガタイいいからって調子のってんじゃねえ。
突き出した拳が手のひらに吸い込まれるパシッという乾いた音を聞いたのと、鳩尾にめり込んできた拳を認識したのと、どっちが先だったろう。
体重ののった一撃。
息が吸えなくて、コンクリートに突っ伏すしかなかった。
しばらく意識を失ってたらしい。上体を起こすと、となりですやすやと気持ち良さそうに眠る男がいた。
もう起こすのも、面倒。
タバコを一本だけ吸ってまた寝転んだ。
気づいたらあたりは真っ暗で星がキラキラキラキラ。
隣で寝てたあいつはいない。
「起こせよバカヤロウ・・・」
思わず声に出た。
嫌な予感がした。
起こしてくれるやつなんて必要ない、おれだけの場所。ここに入ってくるやつがいる。ちゃんと蹴り飛ばしたのに、おれはついうっかり、受け入れてしまいそうになってる。
***
例えるなら猫のような、あいつにどんどん惹かれていった。
プラッとやってきてはすやすやと寝ていく。蹴られようがお構いなしだ。嘘、お構いありだ。しっかり蹴り返される。こいつまじで喧嘩のセンスある、痛い。
出てけと言えば素直に出てくこともある。ようと声かけてもシカトされることもある(そんときは殴ってやった)。おれが帰ろうとしたところに入れ違いにやってきて、じゃあなと言うと一緒に帰ろうとか言い出すこともある。
よく晴れて暑かった。
聞いてる音楽が一緒だった。
ぶんどった弁当がうまかった。
強い夕立に二人とも一瞬でずぶぬれになった。
ねだられてタバコをやった。クソマズイ、と笑った顔に、やられたのかもしれない。
嫌な予感は的中した。
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