蹴散らして 抱きしめよう

□俺におもちゃにされなよ
1ページ/9ページ




「あら?アキツグ、居たの」


酒やら香水やらタバコやら、正体不明のむせかえるニオイをまとわり付かせて、女が重い扉を開けた。
久しぶりに会う、ナギサ。一応、おれの母親。お母さん、なんて呼んだらキレるけど。


居たの、って何だよ。悪いかよ、ここはおれの家だ。そう言いかけて、やめた。
別にどーでもいい。我が家、と呼びたいような何かなんて、ここには一切無い。

「ますます…あの人に似てきたわね」

まだ酔っ払ってるのだろうか。外はすっかり、明るいのに。
この人の目はいつも暗い。
せっかくの美人が台無しだ。

真っ赤な唇を震わせて嘘を言いながら、長い爪がおれの頬を撫でる。



あの人っていうのはたぶん、おれの父親のこと。
会ったこともないけどわかる、似てるなんて嘘。だっておれの顔は、母親にそっくりだ。

オトウサンってどんな人だろう、なんて想像する余地がないくらい、唇もツンととがった鼻も、きつめの大きい目も、あんたにそっくりなんだ。
いったいどこを見て似てるなんて言うんだ?
そう言いかけて、やっぱりやめた。

もう、言いたいことも聞きたいことも、何もないんだ。



「ナギサさん、飲みすぎ。酒臭えよ」
「心配してくれてるの?優しいわね」


この女が実の母親である、というのは本人もそう言ってるし、外見から考えてもまあ嘘ではないだろう。


もともといない父親は、この女によるとめちゃくちゃ男前で優しくて頭がよくて、今でもナギサのことめちゃくちゃ愛してて、大金持ちで家庭持ち、らしい。

金持ちという点だけは嘘じゃなさそうだ。

おれは幼稚園から中学まで、この辺じゃいちばん上等な私立に通っていたし、空手とかの習い事も好きにやってた。
ナギサや、この家に入れ替わり住んでいた男たちの稼ぎでは、とてもじゃないが賄えなかったはずだ。
学習塾にも行ってたおかげで今は、県内一の進学校に在籍してる。勉強なんて最近じゃすっかり飽きちゃったけど、おれが望みさえすればきっと、どんな大学だって行かせてもらえるだろう。

家庭持ちとか男前という点は、嘘かどうか知る術はない。
知る必要もないけど、おれに会いに来たことがない、その事実だけで十分だ。



「水、いる?」
「いる。冷たいやつ、ちょーだい」


冷たーいの、と言いながら、ヨレヨレとソファーに倒れこんでしまった。伏せられた長い睫を眺めながら、グラスをテーブルに置く。

化粧が多少崩れたくらいじゃ、この整った顔の造作になんの支障もない。
この見た目で18のガキがいるなんて、誰も信じないだろうな。


今のこの暮らしにおれは結構、いやかなり満足してる。
この広い高級マンションだって、今着てる服だってなにもかも全部与えられてる。

ナギサだって何だかんだ言っておれのこと、ちゃんと気にかけてる。
そうじゃなきゃこの歳まで、五体満足でスクスクと育ってないよな。
こうしてたまには帰ってくるし。
ありがたい話じゃないか。



金持ちだろうが優しかろうが、父親にもなれないくせに子供作る男なんて、どうしようもないクズだ。

あーあ、せっかく美人なのにそんな男にひっかかって、うっかりおれなんか産んじゃったこの女も相当マヌケだ。
仕方ないから、ひざ掛けをかぶせてやる。



グラスに浮いた水滴が音もなく落ちる。スニーカーを引っ掛けて家を出た。






***




容赦ない、陽射し。
行くあてなんてない。
こんな昼間から遊んでくれるツレなんていない。




足が向くまま学校に来てみると、夏期講習やら部活やらに励むやつらが案外たくさんいた。

立ち入り禁止の屋上、給水塔のうえの特等席にまっすぐ向かう。

学校は嫌いだけどこの場所は好きだ。
だっておれしかいないから。
誰よりも高い場所で、吹き抜けてく風をおれだけが感じる。
なんにもなくて、ちょうどいい。

日陰さえもない。
じりじり焦がされていく。あーアツイ。アツイ。夏だなあ。


今日はサトル、来ないのかな。
来るわけねーよな、当たり前だ、夏休みだもんな。
そういえば大学を見に行く、とかなんとか言ってた気もするな。

ケータイを開いてみたけど、サトルからの連絡はなかった。

あるわけねーんだよな、当たり前だ、だってあいつにアドレス教えてないもんな。


顔を合わせるたびに教えろよって言われるけど、毎回蹴っ飛ばして黙らせてやってる。


カラダだけの関係なんだ、アドレスなんか聞いてどーすんだ。
やりたいときにやれれば、それでいーだろ。
そう言ってんのにあいつはしつこく、食い下がる。


先週もそうだった。


「よくねえよ」
「あぁ?おれがいーっつったら、それでいーんだよ」
「ワガママだな、アキは」
「はあ?!うるせーな、もーいい、絶対教えねー」
「分かった、じゃあおれの教えるから、メールして」
「しねーよ!何考えてんだよ、てかサトルは、セフレといちいちメールとかするわけ?」
「いや、しねえな」
「じゃーいーだろ、別に」
「つうかセフレなんて居ねえし」
「…とにかく、絶対教えないから。そーゆーのウザイ」



こんなクダラナイ話はやめてさ、やろうぜって押し倒したのに、あいつは乗ってこなかった。
絡めとった舌は応えない。

くそ、つまんねー。

イライラしながらサトルのベルトを乱暴に外す。
中心を引っ掴んでやろうとした手を強く掴まれて、仕方なく体を起こす。



「なんだよ、やらねえのかよ」
「やらない。体だけの関係じゃなかったらさ、教えてくれるんだろ」
「…しつこいな。そんなにアドレス知りたいかよ?メールしてーんなら出会い系でもやってろ」
「アドレスじゃなくて、アキのこと、知りたい」
「…はあ?なんだよそれ、キモイ。まじキモイよサトルくん、引くよ」
「いや、知りたいっつったら確かにキモイけど、もっと普通にさ、ほら」
「ほらって言われても、知らねーよ」
「やるんじゃなくても、なんかあるだろ」
「なんかって、なんだよ」
「…なんだろな」


なんだろな、じゃねーよ。


もっと普通な、セックスじゃない、なにか?

ホントにあるっていうなら、教えてくれよ。



「あーあ、つまんねーの…サトル、枯れてんなー」
「あーあ、アキは盛り過ぎ…」
「うるせーインポ野郎」
「人の気も知らないで」
「っ、なんだよ、やらねえんなら帰れよ」
「やだ」
「ちょ、離せって!」


はいはいもう寝よう、って、サトルは寝転んだ。
一体どーゆうつもりなんだ。セックスもしないのに同じベッドで寝んのかよ。

これって一緒にいる意味あんの?

離せって言ってんのに、おれを抱き締めた腕は揺るがなかった。
いつもまっすぐにおれを見つめる黒い目は閉じられてて、すぐに規則正しい寝息が聞こえ始める。寝つき良すぎだろ。



「暑いんだよ、バカ…」


人の気も知らないで、なんて、こっちのセリフだっつーの。



カラダだけの関係、じゃなくなったらおれたちは、一体どーゆう関係になるっていうんだ。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ