bag of sun

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なんともレトロなブラウン管の、うちの小さなテレビの中。
なんとなくつけたニュース番組の中で、黒のスーツに身を包んだ若い男が突っ立っていた。

今年度の各映画祭では新人賞間違いなしと注目の新人俳優、高岡将也さん。


(…誰だこいつ、マサヤのニセモノ)


なんでかそんな印象を抱いてしまった。

大丈夫かよこいつ。いつものゆるい笑顔はどこやった。
要らないくらい回る口はどこやった。
困ったり照れたりしてるなら、半泣きになったりだらしなくにやけたり、それはもう分かりやすく顔に出るはずだ。

昏い目をして、表情が無い。

一体なにを考えてるんだろう。
隣に立った飯岡さんはにこやかに話してる。実物のほうが断然格好いいけど、いつもの優しい顔だ。
マサヤも、尋ねられたことにはちゃんと答えてる。
でも目が違う。マサヤが答えてる、というよりも、あのサムライが答えているというほうがしっくりくる気がした。
射抜くような鋭い目をして、ひりひりとした迫力を持ったあの男。


そこにマサヤはいない。




会いたい、と思った。

そんな顔すんな。

そう言ってやりたかった。

頭に浮かんだ言葉を反芻すると、ばかなこと言ってんな、と自分でも思った。

役者なんだから、演じて当たり前だ。
だけど、芝居が終わったら。


ちゃんとかえってきてほしい。いなくなるな。








一人になった幼い頃。

しばらく経って引き取られた、紺野家の近くを流れる大きな川沿いの道には、桜が咲いていた。
冬の終わりになくした家族は、特別に桜が好きだったわけでもない。お花見に行こうねなんて約束していたわけでもない。
だけど、ついこの間まではつぼみさえ見せていなかったくせに、当たり前のように咲く桜に気づいたら、どうしようもなく目から水が勝手に出てきた。

どのくらいそうしていたのか分からない。
ふわふわした髪の毛の小さな男の子が、いつのまにかおれの前に立ちはだかっていた。
じっとおれを見る目は、生まれて初めてみるきれいな色をしていた。
おれはただ、見つめ返すしかできなかった。そうすると、その子の目がみるみる潤む。


こっちがびっくりするくらいの勢いで、顔を真っ赤にして泣き出した。
そうしてやっとおれは、自分が泣いてることに気づいたのだった。

小さな弟、ユタカは本当に、悲しそうに泣いた。
なんでかおれの涙は、それをみて自然と引っ込んでしまった。

泣かないでほしくて、きれいな眼を濡らさないでほしくて、たぶんぎこちなかったかとは思うけど笑ったら、ユタカも泣き止んで笑ってくれた。



なんで急にこんなこと、思い出してるんだろ。掌でおさえたまぶたは熱かった。顔を洗って家を出た。

雲が厚くかかった夜。月は見えなかった。
あの日降ってた雪は跡形もなく、桜も散って長い雨も止み、夏も終わろうとしてる。
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