夢をみるひと

□Loser【2】
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独特なリズムのドリブル、一瞬で相手を置き去りにするスピード。
体格はまだ頼りないが、当たり負けする前に飛び出せる瞬発力がある。
左右どちらが利き足なのかいまだに分からないくらいに、キックの精度は高い。

だが。


「ふざけんな練習中だぞ!勝手に蹴ってんじゃねえ!」

何の前置きも無く渡された4度目の鋭いパスを胸で落とし、オダシマはついに怒鳴った。

毎日部活で共にボールを追いかけ回すうち、キヨヒトへの苛立ちは和らぐどころか増すばかりだ。
上手いか下手かで言ったらたしかに、上手い。ゴール前であんなパスを寄越されたら、ストライカーなら誰だってヨダレたらして飛び付くだろう。
それだけは認めてやってもいいが、練習中でも好き勝手し放題。自分がやってみたいプレーばかりやっている。

「次またやったら、お前のパスなんか二度と受けねえからな」

口を開きかけたキヨヒトを遮って、低い声で重ねて言う。

「お前にパスも出してやらない。そんな風に自由過ぎるプレーを続けるなら、お前とはもう一緒にサッカーしない」

いつもの無表情を一瞬で吹き飛ばし、慌てた様子で頷いた顔を見てオダシマはため息をつく。


(全く、妙なやつに懐かれたもんだ)


中学時代もサッカー部に所属していたと聞いたが、県大会でも選抜練習でも見かけたことがないのは何故だ?
たしかにあの中学は強豪とは言えないが、あれほどの才能を周りが放っておくはずがない。
選抜チームに推薦しなかった当時の指導者はどれだけ見る目が無いんだ。だったら自ら参加したいと言えば良かったのに、何故そうしなかったんだ?
やはりイシカワの家業が何か関係しているのだろうか。



キヨヒトがしなやかなドリブルで突破したとき、思いもよらないパスを回したとき。

攻撃のチャンスは幾通りにも広がって、試合はいきいきと動き始める。

どんな景色を思い描けば、あんなサッカーができるんだろう。





「そんなに気になるなら、本人に聞いてみたら?」

ふいに耳に飛び込んできた声に、オダシマは我に返った。

「アツシって、イシカワくんのこと嫌ってるわりに気に掛けてるよね、いつも」
「え、別にそんなこと…」
「サッカー部のイシカワキヨヒトがムカついてしょーがないって、話題に出るの毎日だもん。今日は何?またサボった?パス練習なのにいきなりゴールに向かって蹴った?それとも、ヘンなくしゃみでもしてた?」


寄りかかってきた体を抱きとめながら、何か言い返したかったが結局そのまま口を閉じるしかなかった。脱色を繰り返してほとんど金色になった、長い髪に指を伸ばす。

たしかにこのところ毎日、キヨヒトを叱り付けてはその愚痴を彼女に聞いてもらっている気がする。


焦げてしまいそうな炎天下でも、大好きなサッカーをしていればやはり楽しい。

部活仲間ともすっかり打ち解けた。父親はまた入院してしまったが、弟はすくすくと成長している。苦手な算数で98点の花丸をもらったテスト用紙を、自慢するでもなくはにかみながらそっと差し出した彼を思い切り抱きしめてやった。自分にはあまり似ず、おとなしい性格をした弟が本当に愛おしく、大切だ。

悪いことばかりでもなく、なかなか充実した高校生活。夏祭りでかわいい彼女もできた。

真っ黒に日焼けしたオダシマとは違い、彼女の肌は頼りなく白い。
派手な見た目通り性格も激しいが、そんなところも気に入って付き合い始めた。遠慮のないハキハキした物言いは聞いていて気持ちがいいし、くだらない冗談に笑い合う時間は楽しい。
男だったら何を考えているか解らないようなやつよりも、ユタカみたいな可愛らしいやつがいい。
近寄りがたいほどに整った容姿に反し、つい守ってやりたくなるような中身にサッカー部の面々は皆すっかり虜だ。

そこまで考えて、頭に鈍く違和感が光る。

(男だったら、って。おれは一体何を考えてるんだ)

腕の中の白くて柔らかい、何を抱いているのか見失い始める。






* * *




北国の夏は短い。
盆が過ぎればもう、8月といえども朝晩は上着が必要になるような日も珍しくない。

高校生の毎日は飛ぶように過ぎていく。目の前のボールをひたすらに追い駆け、急な成長に毎晩きしむ膝の痛みに慣れる間もなく身長は父を追い越して、いつのまにか秋が訪れる。


「キヨはキヨなりに、大真面目なんだとおれは思うんだけど」

キヨヒトの幼なじみであるユタカを捉まえて聞くともなしに聞いてみると、形の良い眉を困ったように寄せて答えた。

本人に聞きなよ、と彼女に指摘されたが、部活の用事もないのにキヨヒトに話しかけるなんて、オダシマには億劫で仕方なかった。

「マジメって…まあ、サッカー好きなんだろうとは思うけどさ、あいつたまにサボってんじゃん。昨日だって、ちょっと顔出して帰りやがっただろ」
「うん、家の手伝いとかあるみたいだよ。キヨんちの親は、サッカーしてるとあまり良い顔しないらしいから…」
「家の手伝い、ねえ…」
「その分、朝練はサボらないじゃん、それに土日とかも自主練してるんだよ!」


いつになく必死に言い募るユタカに、オダシマは表情を緩める。


「別に怒ってるわけじゃないよ。ただ、せっかく上手いのに勿体無いなって思うだけ」
「それは……そうだね、おれもそう思うよ」
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