夢をみるひと

□Loser【4】
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「シンジ、学校遅刻するぞ!」

いつもは目覚ましが鳴れば一人でちゃんと起きてきて、朝食の支度も手伝ってくれる弟が、その日はめずらしく部屋から出てこなかった。
呼びかけても返事がないので部屋を覗き込むと、布団を頭からかぶって丸まっている。ベッドの脇には、風邪薬や頭痛薬の箱が散乱していた。

「どっか具合悪いのか?」

熱でもあるのか、と布団を捲ろうとしたが、内側から強く引っ張られる。

「こら、シンジ。顔見せろ」

小学校6年生にもなると、なかなか力が強い。が、兄にはまだまだ適わない。
布団ごと抱き上げて膝にのせて、隙間から潜り込ませた手で脇腹をくすぐってやると、すぐに元気な笑い声が弾けた。

「よーしよし。熱は無さそうだな」
「お兄ちゃん、お父さんは?」
「うん?まだしばらくは忙しそうだけど…どうかしたのか?」
「どうもしない」
「じゃあ、さっさと顔洗っておいで。飯出来てるぞ」
「うん」
「って言っても、シンジが作っておいてくれた晩飯、温め直しただけだけど。昨日ごめんな、遅くなって」

謝ると、腕の中の小さな頭が「ううん」とけなげに振れた。
退院した父親は、会社の残務処理やらで出張も増え、家にいることはほとんどない。
オダシマも二年生になってから部活はさらに忙しくなり、昨日帰宅した時間には、シンジはすでにベッドの中だった。
ごめんな、と繰り返して抱き締めると、くすぐったそうに身をよじりながらシンジが口を開いた。

「お兄ちゃんがサッカー選手になるの止めたのは、うちにお金がないから?」

会社が無くなったとはいえ、とりあえずの金はある。だからオダシマも部活ができるし、シンジも以前と変わらず塾にも通い続けている。差し迫って、路上で生活するような状況に追い込まれるなんてことはないだろう。
唐突に尋ねられ、とっさに「え?」と聞き返すしかなかったオダシマに、シンジは重ねて言った。

「おれがいるから、おれがまだ働いたりとかできないから、お兄ちゃんは諦めたの?」
「そんなんじゃないよ」
「じゃあ、どうして?」

シンジはそんなこと、気にしなくていい。いろんな思いが胸にこみ上げたが、なにも言葉にならなかった。抱き締めた腕に力をこめる。シンジもそれ以上何も言わなかった。

「……ごはん作ったの、おれじゃないよ」
「え?」
「昨日、アユミちゃんが来て、作って置いてってくれたの」
「げっ、まじで?」

アユミちゃん、というのは去年の夏祭りに付き合い始めたものの、いつのまにか別れた彼女だ。
いや、「いつのまにか」というのには少し嘘がある。部活や選抜合宿や家のことで忙しくて、ろくに一緒にいてやれなかった自覚は充分あった。
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